77.真犯人さん
西国ダルフの歴史は長い。
魔法学を文化の発展に利用し続けてきたパラスとは反対に、魔法学を軍事利用し続けてきた軍事国家。
『震駭の魔王』と百年以上戦争をし続けており、魔王に対する憎しみは比較的平和なパラス国とは比にならないほど強い。
それ故に、晩餐会に参加したこと自体意外なものだった。転生者と魔王が殆ど同じ意味であるこの世界で、第三王子アランと召使のカオルは二人だけで来た。
王族と二人きりになることを許された転生者。国から信頼されているこの女の正体は一体何なのか。
だけれど、前提が違っていた。
西国ダルフ第三王子、アラン・ミルター。彼こそが、転生者だったのだ。
「それも違うな、ヤユ・オーケア」
僕の心を読んだように、シンは呟く。既に、彼の眼中に僕はいなかった。
「転生者が、魔王が、王族に成れるわけがない。魔法が使えない異分子が生まれた瞬間に、忌み子として処刑されているはずだ。こいつはそもそも、王子ですらない。誰なんだ、お前は」
黒剣がアラン・ミルターの首筋に突き立てられる。赤い一筋の線が流れるが、白煙が溢れ出ることはない。転生者らしく、鉄の匂いをまき散らすだけだった。
全ては、彼らの手のひらの上だったのだ。
召使のカオルという名前がミスリードだった。アラン・ミルターとカオルというペアならば、考えるまでもなくカオルが転生者だと考えてしまう。
そして、アランは何かしらの魔法を使って衣装室の壁を破壊していた。魔法使いが魔法を使うことには何の違和感もない。
実態は違ったのだろう。彼は、魔道具を使っていた筈だ。服に内蔵されていたのか、それとも裾に隠していたのか。彼は自身が魔法使いであるように動いていた。
誰も、疑っていなかった。疑う理由がなかった。その前提があったからこそ、彼らは自由に動けていたのだ。
魔法使い同士の総合監視による魔法の抑制の意味がなくなった。今までのすべてのアリバイが崩れる。
「ヤユ・オーケア、全ては、貴様の思惑か?」
アランと自らを名乗る男は、冷たくそういい放った。
「第三回捜査会議も、俺たちの正体を暴くためのブラフにすぎなかったのか」
そこに怒りはない。ただ、純粋な疑問をぶつけているようだった。僕も、それに応じて努めて冷静に、体内から噴き出るアドレナリンを隠すように答えた。
「第一回捜査会議だって、『吸血鬼』天野ヒトミを炙り出すために、カオルさんたちが根回ししたものでしたよね。一度でいいから、お返しがしたかったんですよ」
シン、僕、そしてソクラ。三人による唯の口約束。決して根回しといえるほどちゃんとしたものではなかったけれど、このパフォーマンスは効果的だった。少なくとも、シン・テーゼは僕のことが信頼に当たる人間だと理解してくれたはずだ。
だからこそ、シン先生は僕に刃を向けることはなくなっていた。既に、真犯人を見つけるために動きだしていた。
アランは首元の刃を恐れることもなく、ため息を吐いた。そして、カオルに向かって敬語を使ってこんなことを言った。
「どうします? 『王女』」
なるほど、そういうことか。
アラン改め、金髪の転生者と、カオルと名乗る金髪の女性。実態は、カオルこそがダルフ国の王族だった。王族が護衛無しに空島に乗り込むために、策を練っていたわけだ。
そして、これこそが僕が賭けに出ることができた理由でもあった。有明サトルの転生体である振りをしていたカオルの存在自体が、僕に入れ替わりの可能性を与えていた。
前世の嘘を見抜くことは難しい。有明サトルだと名乗る彼女を疑えたのは、有明サトルと密な関係だった僕だけ。
しかし、嘘をつくことは転生者の特権ではない。同じようなことは、いくらでもできる。
金髪金瞳の女性は、金髪の青年に合わせるように息を吐いた。白煙の如く、動力室内でため息が続く。こちらは、落胆の詰まったものだった。
「確かに、そこに立つのはアラン・ミルターではありません。わたしの召使である名もなき『舞台役者』、唯の転生者です。わたしこそ、ダルフ国第三王女、フラン・ミルターですが……、だから何だというのです。我々の偽装が明らかになったからといって、ヤユ・オーケア、貴方の容疑がなくなるわけではありませんよ?」
「王女様、まだ、俺に発言権を与えてくれるのですか?」
「第三回捜査会議は、まだ終わっていないのでしょう?」
カオル改め、フラン王女はつまらなそうにそういった。不敬罪としてその場で処刑される可能性もあったが、どうやら許されたらしい。どちらかというと、この茶番を早く終わらせてほしい、そう言いたいようだった。
事実、フランとアランが入れ替わりをしていたことで、僕の容疑が晴れるわけではない。
テラス・ムーアの殺人のとき、二人は食堂の中にいた。どちらが魔法使いであっても、食堂の中での魔法の発動は、カラスやオルタのような別の魔法使いによって検知される。
結局、テラスを殺した犯人は、僕か自殺かの二択になる。彼の自殺を証明するのは、僕の無罪を証明するのと同じくらい難しかった。
だが、それでよかった。この賭けに勝った時点で、真犯人は明らかになっていたのだから。
「ありがとうございます。カオル……、フラン王女。ですが、第三回捜査会議は、もう終わりで構いませんよ。テラス・ムーアは自殺した、これは、動機的な観点で納得していただけると思います。僕が誰も殺していないことも、同時にご理解いただけるでしょう」
簡単な話だった。
既に、密室トリックとアリバイが破綻したのだから。
「ねぇ、カラスさん。いや、ケプト・ルーゼンを殺した、真犯人さん」




