76.大博打
「先生。賭けをしませんか」
今から一時間前。第三回捜査会議が始まる直前、シン先生によるメインディッシュの飾り付けーー僕の拘束が行われている時のこと。
首元に黒剣を置き、足を椅子に縛り付けているシン先生は、「はあ?」とこちらを見ずに呆れた声を上げた。
「この後に及んでまだ何か求めるのか? 第三回捜査会議でお前の発言の機会を用意するだけでも、こちらは譲歩しているということを忘れたのか?」
「ええ、ですので、取引ではありません。軽い口約束の上で成り立つ賭け、博打……、つまりはお遊びですよ。ほら、僕たち同じ魔法学院の所属でしょ?」
「だからなんだ」
「ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃないですか。どうせ、第三回捜査会議で信頼を勝ち取れなければ、僕は殺されるんでしょ? 一回くらい、同郷のよしみで遊びましょうよ」
「緊張感のない奴だなぁ」と、彼は年相応のため息を吐いた。先程まで向けていた明確な敵意も、こうした雑談で薄まっていた。
シン・テーゼは魔王を殺す方法は知っているが、それでも魔王討伐戦線ではない。僕たちのようなプロフェッショナルならば、魔王と会話することなく殺し合う。
魔王がただの人間であることは、僕が一番理解している。転生者で、日本人だ。話が通じることがわかって仕舞えば、躊躇いが生まれる。
魔王と言葉を交わしてはならない。この鉄則を、好奇心旺盛な教授は守れない。ましてや、シン先生は異世界の研究をしている異端者だ。
一度殺し合い、ソクラとの青春劇を見せ、雑談を繰り返す。既に、シンは僕を人間だと理解してしまっている。
そこに付け入る隙がある。
故に、僕の口約束はシン・テーゼの耳に届いた。
***
そして、博打の時が来た。
魔力濃度が地表の数百倍にもなる動力室の中で放たれる、圧縮した魔力の砲撃。予備動作がなく、初めからそこにあったのかと思われるほどの速度で放たれた光に反応できたものはいない。
いや、怒りに支配されたカラスを除いた全員が、彼女を止めるためにソクラが攻撃をすることを予期していた。
だからこそ、回避も防御も行わなかった。
彼女の攻撃を認め、静観していた。
それ故に、僕、カラス、シン先生、そしてアラン王子はソクラの魔法力放出を体で受けることになる。
高濃度な環境で放たれる魔力の塊。触れたものの肉体を溶かし、消滅させる。
勿論、魔法を否定する転生者である僕以外に対してだが。
白煙が動力室を満たす。動力室の中で放たれるソクラの魔力砲は強力だが、逆に言えばその分回復魔法の効力も上がっている。
肉体が全て消滅したとしても、魂さえ無事ならば大気中の魔力を資源として肉体を元の形に戻す。
魔法使い達の回復が終わるまであと三秒。
僕に対する拘束は全て解けていた。当たり前だ。黒剣を向けていたシンも、物理的な斬撃を飛ばすことのできるアラン王子の手も、指を弾丸のように飛ばしていたカラスも、一時的とは言え肉体が消滅したのだ。
自由になった手足で、僕は走り出す……、ようなことはしなかった。
捜査会議内のルールとは違う、ただの口約束。シンが守ってくれるとは限らない。それでも、僕の方から逃げることは、可能性がゼロになることと同じだった。
魔法使い達の回復が終わるまであと二秒。
白煙に飲まれて見えないが、ソクラのいる方向から背を向ける。目先の安全を捨てて、僕は後ろの魔法使い達に向き合った。
両手をあげて、地面に座る。逃げれる状況でも、僕は動かない。その事実を作ることが重要だった。
魔法使い達の回復が終わるまであと一秒。
僕の前に立つ男がいた。白煙の中から、金色の瞳が僕に突き刺さる。僕とソクラが何をしたかったのか、理解したのだろう。
彼に焦りの感情は浮かんでいなかった。敵意や悪意もない。ただ、純粋に感心をしているように見えた。
僕の命を天秤に乗せることで成り立つ、第三回捜査会議。自分で立てたルールを、無差別魔法攻撃で壊した。
賭けに負けたら、僕はこの時点で処刑されるだろう。話し合いをしようと言っていた奴が真っ先に暴力を使ったのだから当然だ。
しかし、目の前の男の様子を見るに、僕は賭けに勝ったらしい。
魔法使い達の回復が終わった。
カラス・ムーアが目を見開く。怒りの絶頂にあった彼女は、脳味噌を作り直されて混乱したようだった。呆然とあたりを見渡し、自分の肉体から漏れる白煙から、回復魔法で生き返ったと理解した。
シン・テーゼは早かった。元々、口約束の段階で攻撃をされることを教えていたので、状況を理解するのに一秒もかからない。白煙が治るよりも早く、黒剣を生み出した。
僕と目を合わせる。シン先生もまた、わかったのだろう。僕が賭けに勝ったことに。
そして、アラン・ミルターは。
二人の魔法使いとは全く違っていた。
金の瞳で僕を見下ろす。その様は、ソクラが攻撃をしてから、三秒後から変わっていない。
おかしな話である。カラスもシン先生も、消滅した肉体を一から作り直したというのに、アラン王子の冷たいまなざしは、白煙の中から僕に突き刺さっていた。
彼の金の瞳は消滅していなかった。
白煙を上げることもなかった。
シン・テーゼが再び首元に黒剣を突き立てる。
しかし、それは『吸血鬼』天野ヒトミに対してではなく、アラン・ミルターに向けられた。
「お前、転生者だな」
アリバイが、密室トリックが、崩れる音がした。




