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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
続・本編

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ページ13 オレンジリゾット(3)

 その夜、懐かしい夢を見た。

 ロゼが初めて睡魔鳥すいまちょうと戦ったときのことである。


「きゅう……ダメです。ししょー」


 師匠の足元まで吹き飛ばされたロゼは雪に突っ伏したままつぶやいた。

 呆れた顔でロゼを見下ろす師匠。

 なぜ睡魔鳥の歌声を聞くと眠くなるのかと質問してきた。


「え? 歌声に魔力が宿っているからでは?」


 そうだ、と頷き、師匠はその原理を説明してくれた。

 そのうえで、歌声を聞かなければその効果は無いということも。


「はい。だから耳栓を……」


 ロゼは手のひらに乗せた耳栓に視線を落とす。

 けれど、師匠は言った。


 常に耳をふさいで戦えるわけじゃない。

 個人戦ならともかく、仲間と戦うときは連携が取れなくなると。


 たしかにそうだ。

 悩むロゼを見て、師匠はさらに質問を重ねた。


 そんなとき、キミならどうする? と──



 ◆ ◆ ◆


 翌日。

 ロゼたちは再び崖までやってきた。

 作戦はこうだ。


「わたしとアルバちゃんで前衛を務めます。団長さん率いる動ける派遣隊のみなさんは弓で援護をお願いします。──ノルさんは彼らのそばに」


 見守っていてくださいね、と告げてノルの頭を撫でれば、こくりと小さな頷きが返ってきた。


「これからわたしとアルバちゃんであの鳥に魔法をぶつけます。合図したら全員、例のものを装着してください。──では」


 戦闘開始。

 ロゼは杖を構え、少し離れた場所から睡魔鳥めがけて炎の球を放った。

 こちらに気づいた睡魔鳥が羽を広げて向かってくる。


 その羽を射抜くようにアルバの雷撃が走り、しかし予想通り緑の羽が魔法を弾き、雷矢らいやは反射。

 近くの木にぶつかり轟音をとどろかせると、メキメキとみきが倒壊した。


 それをロゼが風の魔法で吹き飛ばして睡魔鳥にぶつけ、


「当たった!」


 茂みの奥から討伐隊の誰かが歓声が上げた。

 だけど、これしきのことで睡魔鳥は倒せない。

 すぐに態勢を立て直した睡魔鳥が羽を高く掲げて歌う姿勢に入った。


「みなさん! 作戦通り、耳栓を!」


 対睡魔鳥防音グッズ、耳栓。

 旅立ちの前にペリード経由で大叔父ことエルフィードがくれた耳栓だ。


 全員が装着するのを確認し、ロゼもすぽり。

 これで睡魔鳥の歌声はおろか、仲間の声は聞こえない。


 ロゼはアルバの動きを見る。

 睡魔鳥の右に移動した。

 ならこちらは左へ。

 挟撃する形で睡魔鳥に狙いを定め──


大きな炎(ノルイグニス)!」


 赤い炎と黄金の光が同時に睡魔鳥を襲い、激しい突風が吹き荒れる。


「つづいてこちらもプレゼント!」


 ロゼが炎の槍を空から落とすと、アルバも一歩遅れて雷槍らいそうを繰り出した。

 砂塵さじんが舞う戦場。

 これほどの強攻撃を重ねれば、さすがの睡魔鳥も倒れるはず。


 しかし、そう思っていた自分の見通しが甘かったことをロゼはすぐに実感する。


『グェェェェェ!』


 鋭いいななきを上げて睡魔鳥は上空へと飛びあがる。

 バサバサと羽音がして、口から放たれるは螺旋らせんの嵐。

 激しい旋風せんぷうが、ロゼたちを襲う。


「きゃあああああ!」


「──っ!」


 互いに吹き飛び、耳からポロリと外れる耳栓。それを踏みつけるようにして睡魔鳥は地面へと降り立った。


「まずいぞ、ロゼ! このまま歌われたら」

「わかっています!」


 歌う隙など与えない!

 ロゼはいちばん早く打てる炎の魔法を連射し、睡魔鳥の動きを封じる。

 そこに派遣隊のみなさんの援護。

 アルバちゃんの雷の矢。

 防御に徹するしかなくなった睡魔鳥は、じりじりと後退しはじめた。


「これなら、行けます!」


 ロゼは少しばかり長い詠唱へと移った。

 刹那。

 炎の渦が睡魔鳥を包み込み、この場に降り積もる雪を溶かしていく。

 そうして火力が落ち着いたころ。

 ぱぁんっ! と炎の壁を破って睡魔鳥が中から出てきた。


「──む、無傷⁉ これでもですか!」

「チッ! 矢を放ち続けろ!」


 アルバが叫ぶと、派遣隊が放つ矢の雨が降ってきた。

 だが、矢切れ。

 用意していた矢を使い果たしてしまい、最後の一本が睡魔鳥の足元に落ちるとぱたりと止んでしまった。

 睡魔鳥がロゼめがけて蹴りを繰り出し──


「きゃあ!」

「ロゼ!」


 ずしゃーっと地面を転がり滑るロゼ。

 だけど、不思議と体は痛くない。

 その理由は起き上がるとすぐにわかった。


「ア、アルバちゃんにもらった指輪が……」


 収穫祭パーティーの時に彼女からもらったらアミュレット。

 たしか一度だけ装着者の身を守ってくるものだったと記憶してるが、それが割れて、こつんと地面に落ちた。

 呆然としたまま壊れた指輪を拾うと、さらに亀裂が走り、ぱきんと。

 指輪は粉々に砕けてしまった。

 無事か! と、アルバに肩を掴まれ、ロゼは放心した顔を上げる。


(無事?)


 ああ、無事ですわたしは。

 でも、腕輪は──。


 傷心するロゼの傍らでアルバが調査隊のみんなに向かって叫ぶ。


「おいお前ら! ここはいったん引く──」

「いいえ。続けます」

「──はあ⁉」


 アルバが素っ頓狂な声を上げた。

 わかっている。

 彼女は冷静だ。

 この場で退却するのは正しいのだろう。


 だけど、どのみちこのまま引いても物資はもう無いのだ。

 外からの援軍は望めない。

 村の食糧も尽きかけている。

 なによりいま逃げ帰れば、全員の士気は下がり、もう二度とは戦えない。

 ここで決めなければあとがない。


 なにより、わたしは逃げたくない。

 なぜなら、


「アルバちゃんからもらった指輪を破壊したあの鳥、許すまじっ!」


 そう、友だちからもらった大事なプレゼントを壊されて、怒らないヒトはいないだろう。

 ロゼは怒る。

 激怒する。

 ブチギレだ。

 よって、「滅びろ、クソどり!」と激情に任せてロゼは睡魔鳥に大火力の魔法を浴びせた。


 しかし無効。

 じゃあ、どうすれば。


 口から出た言葉とは裏腹に、幾分か平静さを欠いたロゼの思考はまとまらず、迫られた状況に焦るばかり。

 ──そのときだった。



『そのうるさい口を、塞いでしまえばいいんだよ』



 耳の奥で聞こえてきたその声は。


「ロゼェェェ!」


 突如、弾けるようにノルが茂みから飛び出し、ダンッ! と地面を叩いた。

 すると睡魔鳥の足元の土がうねり、その鳥足を固定する。

 ロゼは我に返り、叫んだ。


「アルバちゃん! 一番強い雷魔法の発動の準備を! ノルさんはそのまま敵の固定を!」


 そうだ。

 睡魔鳥の声帯には魔力が宿っている。

 だからその声を聞いてはいけない。

 そのための、耳栓だった。

 そのための、歌う隙を作らせない連続攻撃だった。

 でも、それが出来ない状況なら?


 そう、答えはひとつだ。


「あなたに熱きいばらの贈りもの。──その口を閉じなさい! 炎の薔薇(ロゥゼ・メーラ)っ!」


 声が枯れるほど大きく叫ぶと、杖から炎のいばらが飛び出し、睡魔鳥のくちばしに巻きつきた。


『グエェ⁉』


 羽ばたき、逃げようとする睡魔鳥。

 けれど、ノルの魔法で足は地面に縫い付けられている。

 しゅるしゅると伸びるイバラが睡魔鳥の全身を覆いつくし、そして──


「いまです、アルバちゃん! 最大火力のイカズチをお見舞いしてください!」


 目を閉じ、数節にも渡る長い呪文を編んでいたアルバが、かっと目を見開き告げる。


「天竜神ヴィクタランの槍をここに! <雷竜の三叉槍(トリア・タランス)!>」 


 刹那、地鳴りのような轟音とともに空から巨大な雷槍が落ちてきて、睡魔鳥を串刺しにした。


 すさまじい稲光いなびかり

 網膜が焼かれるような光に視界を奪われ、ロゼの目に色が戻ってはじめて見えたのは、黒焦げになった睡魔鳥だった。


「……やったのか?」


 ノルのつぶやきが聞こえる。

 そして一瞬の静寂のあとに巻き起こる、野太い歓声。


「は、はあー……、つかれました……」


「だな、はあ……」


 ロゼもアルバもぐったりだ。

 ふたりだ地べたに座りこんでいると、派遣隊のみんながやってきてすごいだなんだとはやし立てる。


 え? 胴上げ?

 すみません。勘弁してください。


 みんなの絶賛に、疲れすぎて愛想笑いでしか返せないことに申し訳なく思うロゼだが、でも──

 

「……ありがとうございます、師匠」


 あのとき思い出した睡魔鳥の攻略法。

 聞こえてきた師匠の声に、小さくお礼を述べて、先に身体を起こしたアルバの手を取りロゼは立ち上がった。

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