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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
続・本編

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ページ13 オレンジリゾット(4)

 睡魔鳥(すいまちょう)を倒したことで村人たちからそれはそれは大層感謝され、お礼に大量のオレンジをいただいて村を出たロゼ一行。


 その後は馬車で、商都のフィーティア支部神殿へと向かい(アルバの馬車酔いが酷かった)、たんまりと報償金をもらったロゼたちが王都に戻ってこれたのは、ベルグラの月も半ばを過ぎた頃だった。


 かれこれ二か月ほどの長旅である。

 正門でアルバと別れたふたりはふらふらしながら店に向かった。

 

「クソ疲れたわ。早く帰って酒が呑みてぇ……」


「ウサギさんがお酒はちょっと。わたしは戻ったらシャワーを浴びたいです……」


 くんか、くんか。

 ロゼがローブのそでに鼻をつければ、なんとも酸っぱい香りが。

 最後に風呂に入ったのは何日前のことやら。


 完全に汚女子と化したロゼを道行く人々が二度見していくなか、王都の華やかな装飾が目に入り、ああ、とロゼは思い出す。


「バレンタイン……」


 ベルグラの月の十四の日はロゼの曾祖母、大魔女ユノヴィア・バレンタインの誕生日だ。


 聖国パトシナでは『ユノヴィア祭』として盛大に祝われ、このユーハルドでは『バレンタインの日』と称して彼女が好きだったショコラ菓子を大切な人に贈るというイベントが開催される。


 十四日は微妙に過ぎているけれど、街はまだまだイベント一色。

 おかげで浮かれた男女の多いこと、多いこと。

 いまも仲良くお手てを繋いだカップルがロゼの脇を通り過ぎ、そしてくすりという笑い声。


 いやはやお恥ずかしい。

 こんな格好でこのラブラブ空間を歩かないといけないとか、どんな罰ゲームですか、これ。

 みんなみんなぜてしまえ。


 ロゼは心の中で全ラブラブカップルを呪った。


「ノルさん、あとで焼きショコラあげますね……」


「うん……、でもお前菓子作れねぇじゃん」


「買ったものを、差し上げます……」


 鉛のような体を引きずり、やっと店が見えてきた。

 誰かが窓から店の中をのぞいている。

 空き巣か?

 ユノヴィア教の勧誘か?

 それとも可愛いわたしのストーカー?

 警戒しながらロゼが近づくと、それは見慣れた人物だった。


「エルフィードおじさま?」


「よう、ロゼちゃん──って、どうしたのよ、そのかっこ。冒険にでも行ってたのか?」


 ロゼの大叔父ことエルフィードがぎょっと目を剥く。ロゼは首を振り、


「違いますよ、依頼でちょっと隣国に。それよりどうしておじさまがここに?」


「どうしてって、手紙出しただろ? 遊びに行くって」


「ああ……」


 そういえば、依頼を受けた前日にエルフィードから手紙が届いていたのだった。


 遊びに行くから土産なにがいい? と書かれてあったあれだ。


 どうせエルフィードのことだから半年後くらいになるだろうと踏んでいたのだが、思いのほか早く来たようだ。

 しかしタイミングが悪い。

 なんでこんなヒトが疲れてる時に来るんだろう。

 ロゼはため息混じりに返した。


「えっと、すみません。あしたでもいいですか? 今日はもう店を開く元気もなくて」


「え~、せっかく来たのに? 茶ぐらい飲む時間はあるだろ?」


 あるけど。

 でも、寝たいのだ。出来ることならこのままここでスヤーしたい。

 睡魔鳥の歌声でも聴いて。

 地面か……。

 ちょっと固くて汚い寝床だけど今ならいける気がする。

 ああ──わたしを包む硬質なベッド。冷たくて心地いい。スヤー……


「ちょっ──、ちょっとちょっとロゼちゃんなにやってんの! わかった! わかったから起きて!? 通行人みんな見てるから! 恥ずかしいから!」


 地面に突っ伏すロゼに駆け寄り、エルフィードは慌てて彼女の肩をゆする。

 でも起きない。

 頑張って揺らしても全然起きない。

 ちなみにノルもロゼの隣でスヤーしている。


「ロゼちゃん……」

 

 完全に引いている様子のエルフィード。「せっかく土産持ってきたのになぁ」と彼がつぶやくと、


「土産?」


 と、ロゼが反応する。やっと顔だけ上げてくれた大姪を見下ろしエルフィードは頷いた。


「そう、ロゼちゃんが欲しいって言ってた──」



「エルフィード。ついて来いというからには置いて行くな。どこに行けばいいのかわからないだろう」



 それは、とても懐かしい声だった。


 すぐそこの曲がり角から現れたのは、緑のローブを着た青年だ。

 月のごとき白い髪。

 夜闇(やあん)に沈む夕陽を映した赤い目。


 ──そう、ロゼが会いたくてしかたなかった、お師匠さんだった。


「師匠⁉」


 ロゼが叫ぶと、お師匠さんの視線がエルフィードからロゼに移動する。

 一瞬眉をひそめて再び視線を戻し、お師匠さんはエルフィードにたずねた。


「行き倒れ……? お前の同族か?」


「!」


 驚いた。いや、ショックだった。

 行き倒れ、と思われたことがじゃない。


 たった数か月とはいえ、教え子として彼のそばにいたのだ。

 長い人生の中で、その時間だけは色鮮やかで、とても幸福なものだった。

 でもそれは、自分にとってだけ──。

 彼の中では記憶にすら残らない、ただ過ぎ去るだけの日々だったのかもしれない。


 そのことに気づいてしまい、ロゼはただただ言葉を失い茫然とした。


「あー……いやな? これは違うんだ。こいつ、記憶喪失なんだよ。だからロゼちゃんのことを覚えてないってだけ。だからそんな顔すんな」


「……記憶……喪失?」


「そう。ちょっといろいろあってな。俺と再会したときにも『誰だ?』とか聞いてきたし……うん、わかるよ、ショックだよな……。俺もそうだった」


 涙ぐむエルフィードに、なんでわたし以上にへこんでんですか、このヒト……と思いつつも、ロゼは寝そべりながらお師匠さんに手を伸ばす。


「し、師匠……」


 お師匠さん困惑顔。

 けれどロゼは構わず会話を続けた。


「その、本当にわたしのこと、覚えてないんですか?」


「悪いけど、記憶にないな。それと、私は弟子を取る主義ではないから師匠と呼んでくる奴が知り合いにいるとは思えないね。──それよりもほら、立ちなさい。この季節の路面は身体が冷えるよ」


「師匠……やさしい」


「この会話はなんなんだ?」


 呆れた顔のエルフィードのことはさておき、ロゼはお師匠さんの手を借り立ち上がる。


(この人は、わたしのことを覚えていない)


 再開したらダレテズカ。

 なんてベタな展開だ。

 ロゼは目の前が真っ暗になった。


「──で、誰だ? エルフィード」


「俺の大姪おおめい、ユノヴィア伯母さんのひ孫だよ。ロゼッタっていうんだ」


「ひ孫? ユノヴィア先生に子供はいないだろ」


「まあ、そうなんだけど……、細かいことは気にすんなよ~。ほらほら、中に入って茶でも飲んで行こうぜ?」


 ぐいぐいとエルフィードに肩を組まれて思い切り迷惑そうな顔をするお師匠さん。


「ロゼちゃん、早くなか開けて」


「えっ、は、はい……」


 エルフィードに言われて店の鍵を取り出し、ロゼがお師匠さんを見上げると、彼は少し困ったように視線をさげた。


 その先にいるのはノル。


 なにを思ったのかお師匠さんはノルを持ち上げた。

 こう、首根っこを掴んでぐっと。

 その持ち方はあまり推奨されない持ち方だが、いまはそんなことを指摘できる空気じゃない。

 ノルは突然のことにびっくりしているようで、無言のままぷらーんとされている。


「ウサギか? 変わった耳をしているが」


(……こ、これは!)


 ノルさん、捕食の危機!


 実は以前、睡魔鳥を狩るべく山に入ったとき、お師匠さんが鍋に野ウサギを入れていた。

 ウェナンとかいう少年と一緒にいた時も、エルフィードの土産に野ウサギを捕獲しようとしていた。

 そう、お師匠さんは意外とウサギが好きなのである。食用として。


「────」


 無言のまま青ざめるノル。

 しげしげと食材を観察するお師匠さん。


 助けなければノルさんを!


 ロゼはお師匠さんに向かって叫んだ。



「森の動物を傷つけたらだめです!」


 

 すると、お師匠さんは一瞬怪訝な顔をしたあと目を見開き、


「──……ロゼッタ、か? 前長老ディランの孫の」


 ──!


「し、師匠……、思い、出して……?」


 ああ、ダメだ。

 急に目頭が熱くなってきた。

 ロゼは口元を手のひらで覆うと瞳に涙をためてお師匠さんを見上げた。

 そうして返ってきたのはいつもの返し文句だった。


「師匠じゃない、先生だ。──髪を伸ばしたのか、似合っているよ」


 そしてロゼの頭に手を伸ばし、


「久しぶりだねロゼッタ」


 そう言って、目元を優しく和らげた。

 おかえりなさい、師匠……!

ここの伏線は、『閑話:ロゼの日記『メイドさん事件簿~file.はとサブレ~』(後半)』になります。

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