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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ(五月一五)
続・本編

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ページ13 オレンジリゾット(2)

 「酔うから馬車はムリ」などと仰る女神様アルバの一声で、徒歩一択となったノルとロゼが約三週間かけて例の村へと向かうと、そこは死地のような有様だった。


「全員、眠っている……のか?」


 地面に倒れる村人たち。

 まるで戦場に転がる死体のよう。

 ノルが近くで寝ている女性の頬を前足でつつくと、まぶたが震え、女性はぱちりと目を開けた。

 身を起こすと二、三度うめいてから「あなたたちは……?」と返してくる。


「わたしたちは──」


 ロゼが説明しようとした直後、女性はハッとした表情で立ち上がるとまわりの住人たちの頬を叩いて回った。

 ビンタである!

 バシッ、バシッ、となかなか強烈な一手。

 突然の村人の奇行にノルは引いた。

 ロゼもドン引きしている。

 ビンタされた村人たちは次々と目を覚まし、そして起きた人はまだ寝ている人の頬をバシンッ。

 さらにその隣でもバシン、バシン。

 連鎖するように人々は頬を叩き合い、眠りからめたのでした。めでたし、めでたし。


「これはいったい……」


「なるほど、そういうことか」


 アルバが何かに気づいたらしい。

 近くの村人に『代表者を呼べ』と告げた。


 ◇


「はい。わたくしどもは眠る者がいたら起きている者が起こし、ということを繰り返してなんとか生き延びてきました。ですが、ちょうど全員が眠りについてしまったところに皆様がやってきた──命を救っていただき、本当になんと礼を申し上げたらよいか」


 この村の村長を名乗るおじさんが深々と頭を下げた。


 どうやら村長さんがいま言ったように、眠りに落ちた人を起こしてまわることで、村人たちは生存していたようだ。


(よかったぁー)


 正直、ここに着いたときには本当の死地を想像していた。

 腐乱した死体とのご対面。

 屍人ゾンビに追いかけられるパニック的な、書物でよくある展開が始まらなくて本当によかった。

 今ごろエクソシストにジョブ変してるところだったぜ……とノルは額の汗をぬぐった。


 アルバが村長さんにたずねる。


商都しょうとからの報告じゃあ魔病が蔓延まんえんしてるって話だったが……どうも違うようだな。調査隊はどうした? 来てるはずだろ?」


「それが……」


 村長さんいわく、村の近くの崖の下に睡魔鳥すいまちょうが住み着いてしまい、それがこの村のオレンジ畑を荒らしに来るそうだ。

 その際、歌声を聞いた村人たちが眠ってしまうとのことで、


「何度も外の町へ救援の手紙を送ったのですが、どうにも伝達不備が続いているらしく、知らせが届かないようなのです。そんな中、来てくれた調査隊の方々も山に登られてそれきりでして……」


 憔悴しょうすいしきった顔で村長さんは長い吐息をこぼす。


「やはり睡魔鳥でしたか。そんな予感はしてましたよ……」


「なんだ、ロゼ。睡魔鳥のこと知ってんのか?」


「もちろんです。眠りの魔法を帯びた歌声を持つ大型の鳥。人里などに定住されると少々厄介でして、ときおり討伐依頼が出る鳥です。昔一度、戦ったことがありますよ」


「ああ、そういやそうだったな。──なら、今回の件は案外楽勝そうだな」


 アルバはぽんっと手を叩くと、村長さんに今から山に入ると伝えた。


「ご無理を承知で申し上げますが、可能であれば派遣隊の方々の捜索もお願いいたします」


「わかった。無いだろうが万が一、私らが戻ってこなかったから早急にこの村を出て、隣町まで迎え。いいな」


 村長さんの屋敷を出る。

 ロゼがアルバを呼び止めた。


「──あ、アルバちゃん。出発前に、いちおう村の状況をまとめた手紙を飛ばしておいたほうがいいんじゃないですか?」


「いや、それは無理だろうよ」


 目を細めて空を見上げるアルバ。

 つられてノルも上を向くと、


「ここに来るときもそうだったが、さっきからこのあたりの空には鳥一匹飛んでねぇのさ」


(たしかに言われてみれば……)


 さきほどから空を行く鳥を見ていない。

 この地を荒らす睡魔鳥の歌声は、人間だけではなく、森の動物たちをも眠らせる。

 つまりは伝達用の白鳩たちも眠りについてしまっているわけで、どんなに村から手紙を出そうとも、隣町に届く前に空を飛ぶハトたちは地面に落ちてしまう。

 だからこの事態を外に知らせることが出来なかったのだ。もちろん外からも──


「まあ、救いは住人たちが生きていたってことだな。──つってもだいぶ食糧も尽きかけているようだが」


 数の少なくなったニワトリ。

 さくの中をちらりと一瞥してアルバは荒れたオレンジ畑の脇を通り過ぎ、山の中へと入っていった。


「ロゼ、ロゼ」


「なんです、ノルさん。睡魔鳥が怖くて村でお留守番していたいとか、そういうお話ですか?」


「ちげぇよ。その睡睡魔、昔討伐依頼を受けたがしぐじって、お師匠さんに倒してもらったとか言ってただろ? 今回、戦って大丈夫なのか?」


 そう、あれはまだロゼが修行中だった頃。

 お師匠さんに連れられ、ユーハルドを訪れた時に彼女が受けた討伐依頼。


 その名も、スーピー狩り。


 スーピーとはロゼのお師匠さんがつけた睡魔鳥のあだ名だが、誰も呼ばないので基本は睡魔鳥呼び。

 つまり、睡魔鳥狩りの依頼を受けたロゼだが、睡魔鳥を倒すどころか、敵の前で眠ってしまい、何度もお師匠さんに頬をつねられたらしい。


 ──あの時の痛みは忘れません! 師匠の細くて長い指につままれるあの体験。ああ、なんて甘美な痛みなのでしょう……。


 うっとりした顔で、そんな危ないことを前にロゼが口にしていた。


「そうですね……。以前戦ったときは結局師匠が手を貸してくださったので何とか倒せましたけど。今回はわたしひとりで何とかしなければ」


 はあーっと嘆息するロゼに、ノルは彼女の肩に乗って、その自信なさげな頬をふにっと小突いた。


「ひとりじゃねぇだろ? アルバがいるし、俺だっている。ふたりと一匹が力を合わせれば、なんでもできるぜ!」


「うーん、ノルさんは大した戦力にはならないと思いますけど……」


「ひどい! これがうちのロゼさんですよ!」



 ◇



 山に入ると動物たちの姿はなく、さぁーっと静かな風がノルのひげを揺らした。

 寂しい山。

 いまは冬の時期だから枯れ木だらけのも頷ける。

 そうして寒林を抜けた先。

 広がる冬の空とそびえ立つ岩壁。

 切り取られた崖の下に、睡魔鳥はいた。


「チッ、初めて見るがかなりデカいな。丸焼きにしたら何人前だ?」


 そこ、気になりますかねアルバさん。

 多分さっきの村で宴が開けるくらいの大きさだとは思いますけど。

 心の中でツッコミを入れながらもノルは睡魔鳥を観察した。


 緑の羽で体全体を覆い隠し、わらで作られたいかにも鳥っぼい巣の中で眠る睡魔鳥すいまちょう

 魔鳥などと言うからには魔獣の類いだと間違えられることもある睡魔鳥だが、あれはれっきとしたただの鳥。

 本来ならば高山に住みつき、人の居住区域には来ることのない鳥なのだとか。


 それが産卵期になると、たべものを求めて低い山へと移動するため、その過程で人里に降りてしまうことが稀にある──といまロゼが解説してくれた。


「ほーん。つまりあれは親鳥で、あの巣の中には卵があるってことか。食ったらうまいの?」


「それはもう絶品だと言われています」


「なら鳥ごとまとめて捕獲だな」


 方針は決まった。

 あとはオムライスにして……じゅるり、などとノルが心の中で舌舐りしていると、睡魔鳥がパチリと目を開けた。


 ──巣を荒らす不届き者! 成敗!


 そう認識したらしい睡魔鳥は立ち上がると羽を広げて突進してきた。


「うぎゃああ! 来た、来たぞロゼ、アルバ! 早くあれをなんとかしろ!」


「わかってる。しかしまさか二足歩行で来るとはな。てっきり飛ぶもんかと思ったが……」


「いや飛びますよ! でも飛ぶのがあまり得意な鳥ではないので、山から山へ移動するときくらいにしか飛ばないんですよ! 冷静にコメントしてないで、早く逃げてください!」


 さっきからちょいちょい天然スキルを発揮するアルバを急かし、ノルを腕に抱え、突撃してくる睡魔鳥からロゼが逃げる。


『クェェェェェエ!』


「きゃああああ!」


 猛スピードでぐんぐんと。

 ずんぐりむっくりした巨大な鳥が近づいてくる。

 圧がすごい。あれに蹴られたらひとたまりもないだろう。

 ロゼが相変わらずくそダサい呪文を唱える。


「あなたを丸焼きに、〈大きな炎(ノル・イグニス)〉!」


 疾走しながらの魔法を打ち込み。

 だが、羽で弾かれて効かない。

 睡魔鳥の羽は魔法を弾く。

 だから魔導師殺しの鳥だと呼ばれているのだ。


ひかりに敵対する者に女神のいかずちを──〈雷槍(タランス)〉」


 アルバが雷の矢を放った。

 びくともしない。

 鳥にカミナリ。

 本来なら、こうかてきめん、な組み合わせなのに!


「……くっ、かくなるうえは歌われる前にわたしの大魔法で──」


(あ、歌われた)


 きれいな歌声が鼓膜を震わせ、ノルの意識はふつりと途絶えた。



 ◇ ◆ ◇



「はっ!」


 ロゼが目を覚ますとそこはどこかの洞窟だった。

 隣に横たわるアルバの身体をゆらす。


「アルバちゃん、アルバちゃん! 起きてください!」


「んぅ……グラタン、風呂……」


 え、それいったいどんな夢?

 グラタン風呂とか子細が気になるところだけれど、ロゼはアルバの肩を揺すって起こした。

 なおノルは起こすとうるさそうなので放置した。


「どこだ、ここ」


「さあ……、おそらく山の中の洞窟のようですが」


「──起きたようだな」


「!」


 突然かけられた知らない声にびくりと肩を震わせると、やってきたのは冒険者っぼい恰好をした男性だった。

 例の、派遣隊のリーダーさんらしい。

 普段は〈ウミネコの剣〉とかいう商都の自警団の団長をしているとかで、彼いわくここにもその自警団の仲間と一緒に来たそうだ。


「俺を含めたみんな怪我をしちまってなぁ。村に戻るにも戻れないんだ」


 と、吐息を落とすリーダーさんに連れられ洞窟を少し奥に進むと、小さな地底湖が見えてきた。

 そのまわりには寝かされた負傷兵たち。

 全員重症だ。


「持ってきた薬もぜんぶ使い果たしちまってな。薬草でも取りに行くかとここを出たら、倒れた嬢ちゃんたちに襲いかかる睡魔鳥を見つけてよ。んで、なんとか隙を突いて連れ帰ってきたってわけよ」


 苦笑すると、リーダーさんは近くの岩に腰をおろした。

 見たところ、ざっと十人程度の小隊のらしい。

 その中で動けるのはリーダーさんを含めて三人程度。

 たしかにこれではほかの負傷兵を担いで山をおりることも難しいだろう。

 重傷者の中には、例の捜索依頼が出ている神官さんの姿もあった。


「薬、薬……と。これで大丈夫そうですか? そこまで多くはないですけど足しになるといいのですが」


「おお! ありがとう助かる。遠慮なく使わせてもらうぜ」


 リーダーさんが仲間の包帯を替え始めたのを見て、ロゼとアルバも手伝う。


「町からの援軍はどうなっている? まさか嬢ちゃんたちだけかい?」


「えっとそれがですね」


 白ハトたちが眠っていることをロゼが伝えると、「通りでまったく援軍が来ないと思ったわけだ、はははっ!」とリーダーさんは笑い飛ばした。

 大変快活な人のようである。


 ひとまず今日のところはこの洞窟で休み、ロゼたちは明日の再戦に備えることにした。


「はー、師匠だったらあんな鳥、雪玉ひとつで倒せるのに……」


「え? どゆこと?」


 目を覚ましたノルはロゼの呟きに二度見した。

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