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知識は最も重い荷物でも前に進む  作者: 秋月 筑摩
第12章 世界が動く
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麻子、潜入す(1941年秋)

 東京、某所。(1941年秋)


 竹田と麻子は路地の角に立っていた。


「本当に行くんですか」


「行く」


「私、みほさんみたいに愛人役とか……」


「今日は違う。統計調査員だ」


「統計調査員」


「ゾルゲの組織に統計の仕事を売り込む。お前の専門だろう」


 麻子は少し考えた。


「……それなら、できます」


「自分の頭を使え。体は使うな。何かあったら俺が動く」


「竹田少佐はどこにいますか」


「見えないところにいる。でも見えている」


 麻子は深呼吸した。


「……行きます」


 ゾルゲは麻子を一目見て、興味を持った。


 日本人にしては珍しい雰囲気だった。どこか西洋的だった。


「ケンブリッジで統計を学ばれたと」


「はい。流体力学と統計の博士号を持っています」


「日本では珍しいですね。女性で」


「だから仕事がないんです」


 麻子は少し俯いた。


 (嘘ではない……)


「私どもの調査に協力していただけますか。報酬は払います」


「どんな調査ですか」


「日本の工業生産の統計分析です」


 麻子は内心で素早く考えた。


(工業生産の統計……ソ連に流す情報だ。でも竹中中佐は「読めない情報を流せ」と言っていた)


「わかりました」


 商談成立だった。


 三日後、麻子はゾルゲに書類を渡した。


 精密な統計だった。しかし微妙にずれていた。


「日本の軍需生産は北方向け」とも「南方向け」とも読める数字だった。


 どちらとも取れる。どちらとも取れない。


 ゾルゲはその書類を見て、しばらく考えた。


(この女……わかっているのか、わかっていないのか)


 麻子は無表情だった。

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