遣欧艦隊・ロンドンとベルリンの反応
「イギリスは嫌がりませんか」
「嫌がる。しかし文句は言えない。通商保護という名目がある。インド洋は公海だ。イギリスが『嫌だが文句が言えない』状況を作ることが大事だ」
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艦隊が神戸港を出て、南に向かった。ゆっくりと、しかし確実に。
寄港地ごとに、地元紙が報じた。「日本海軍の親善訪問」
インドのボンベイでは、波止場に人が集まった。艦長は甲板を開放した。人々が乗り込んできた。子供たちが砲身を触った。その写真が、翌日のインドの新聞に載った。
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ロンドンで、チャンバレンはその記事を見た。しばらく黙っていた。
「日本の親善航海です。問題はありません」
「そうだな」
チャンバレンは窓の外を見た。
(日本は動いている。静かに、しかし確実に。我々が気づかない間に)
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数日後、ベルクホーフ。ヒトラーは報告書を読み終えて、しばらく黙っていた。
「日本の軍艦が神戸からスエズまで——何日かかった」
「寄港込みで約三週間です」
「日本艦隊が寄港した港は、全て空路の中継地としても使えます」
ヒトラーは窓の外を見た。
「ハンナは来ているか」
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ハンナ・ライチュがその席に呼ばれた。
「南回りで日本まで飛んでみないか。アデン、ボンベイ、コロンボ——日本の軍艦が友好的な餌を捲いてくれた」
ハンナは地図を指でなぞった。
「……面白い。空路として成立するかどうか、私が確かめるということね」




