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知識は最も重い荷物でも前に進む  作者: 秋月 筑摩
第10章 宴会と戦場
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対独秘密工作(1936〜1938年)

 1936〜1938年


 竹中がドイツへのアプローチを始めたのは、2.26事件の翌年からだった。


 表のルートは使わなかった。外務省は知らない。三国防共協定の外交ルートも使わない。武官ルート、民間の研究者ルート、在外の日本人商社員ルート——どれも「非公式」だった。どれも「個人の意見」だった。しかし全員が、同じことを言っていた。


 麻子がある日、分析結果を持ってきた。


「ドイツへのメッセージは三点です。一つ目——コーカサスの石油、バクー油田がドイツの死命を握る。二つ目——対英米戦はレーベンスラウム実現の回り道になる。三つ目——日本が東方でソ連を牽制すれば、ドイツにとって有利になる」


「ソ連の過小評価への警告は」「はい、必ず添えています」


 みほが言った。


「ヒトラーは確証バイアスが強い。だから彼自身の言葉を使う——『レーベンスラウム実現のために』という形で提案する。ただ問題があります。届けるタイミングが重要です。ドイツが西に向かおうとする前、まだ選択肢がある時期。決断した後では遅い」


 竹田が言った。


「満州での大規模演習。オホーツク海での潜水艦演習。ドイツが信じなかったら?」


「信じなくていい。疑うだけで十分だ。ソ連は東に兵力を割かざるを得ない。戦略的曖昧さだ——実際に動かなくても、動くかもしれないという状態を維持すれば、それだけで価値がある」

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