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陸軍首脳宴会・設計と心(1939年1月)
日をずらして、今度は陸軍の番だった。
同じ部屋。同じ形式。しかし、知仁の言葉は違った。
「陸軍には、多大の苦渋の決断・選択を強いてきた」
静かな声だった。
「武漢も、盧溝橋も、満州も……朕の意向と現場の間で、諸君は板挟みになってきた」
誰も何も言えなかった。
「これからも、無理を強いるかもしれない。申し訳ないと思っている。しかし全て、朕及び日本国民のためだと、泣いてくれ。頼む」
最後の「頼む」という言葉が、部屋に静かに響いた。
陸軍の将官たちの中で、目を赤くした者が何人かいた。泣いていた。
―――
翌朝、竹中は竹田に言った。
「どうだった」「……泣いている者がいました」「そうか」
「陛下は、人の心の動かし方を知っておられる」
「竹中中佐が教えたんじゃないんですか」
「違う、そこまでの知恵はない。陛下はもともと、そういう方だ。陛下に助言できるのは現状とプラン設計だけだ」
竹田はしばらく黙った。
「プラン設計と、実際の心は別ものですか」
「そうだ……全く違う。現状報告とプラン設計は俺がやる。それを実行する心は陛下がやる。陛下は全てを知っておられる気がする。その中で俺のプラン設計を聞いて少し変更されることもある。それが心を入れることだ……だからうまく機能している理由だ」




