52/75
査問委員会・武藤章の場合(1937年12月)
盧溝橋事件査問・調査委員会が開かれた。
武藤章と牟田口廉也は別々に東京に召喚された。別の日程で呼ばれ、互いの証言内容を確認できない。宿舎も別。憲兵が立っている。半軟禁状態だった。
委員会の場で、竹中は一切姿を見せなかった。
全て書類が語った。
命令書。改竄の痕跡。制令線を越えた記録。
二人とも否定した。しかし証拠は揃っていた。
―――
委員会最終日の全日程終了後、武藤章が別室に呼ばれた。
扉を開けた瞬間、固まった。
(陛下……天帝が立っておられる)
知仁がそこにいた。人払いがされていた。二人だけだった。
「楽にしてくれ」
武藤は座った。
「報告は受けている」
知仁はそれだけ言った。
「朕に言いたいことはあるか」
武藤は話した。言い訳を言いに言った。これまで陛下の為、日本の為粉骨砕身努力してきたと。自分もそれに半分陶酔しながら。辻褄の合わない所は部下への責任転嫁もした。
知仁は黙って聞いた。
全てが終わった後、知仁は立ち上がった。
「それだけか?」
その一言を残して、扉を開けて出た。
武藤は、しばらく動けなかった。
(俺のキャリアが……)
崩れ落ちた。




