パネー号事件・武漢停戦(1937〜1938年)
放送の数ヶ月前、揚子江で事件があった。日本海軍の航空機が、アメリカの砲艦を誤爆した。アメリカが激怒した。
竹中はその報告を受けた瞬間、麻子に言った。
「謝罪文を書け。今日中に」
「……内容は」
「誠実に。言い訳なしで」
「珍しいですね。竹中中佐が謝罪を急ぐのは」
「謝罪は早ければ早いほど傷が浅い。それに……これは使える」
「使える?」
「『こういう事態が起きるのは戦線が拡大しているからだ』という論拠になる。武漢の後で使う」
「……中佐は本当に、全部計算しているんですか」
「半分は計算だ」
「あとの半分は?」
「勘だ」
麻子は溜息をついた。
「その勘が一番怖い」
1938年8月、戦線が固定された。新聞は書いた。
『天帝陛下の御意向により、戦線を固定』『講和への道を模索』
軍部は複雑な顔をしていた。しかし誰も表立って反発しなかった。詔勅は既に出ていた。天帝が直接命じた。それが全てだった。
SSS司令部では、麻子が数字を並べていた。
「トラウトマン工作、再開できそうです。蒋介石側も……外事特務課からの非公式ルートでは、悪くない感触です」
みほが言った。
「蒋介石は今、毛沢東が怖いんだと思います。ソ連の支援が不安定になってきている。毛沢東の後ろ盾が弱まれば、蒋介石は日本との講和に動きやすくなる」
竹中はみほを見た。
(この女、心理だけでなく政治も読む)
「蒋介石にとって今一番必要なのは、日本との戦争を終わらせて、国内の共産党を片付けることです。毛沢東への援助を匂わせれば、さらに動く可能性も上がるかも」
竹中はみほに少し驚いた顔を見せた。
「……もし今の話、本当にリークするとしたら、それは脅しとしてですか」
「いや提案としてだ」
竹田が笑いをこらえているのが、麻子には見えた。




