35/76
岸信介・工作(1936年)
この接触と並行して、竹中は、もう一人の人物にも、目を向けていた。
「岸信介、という男は」
「今年の十月、満州国実業部総務司長として着任する予定です。関東軍・東条との関係が、まだ固まっていない、空白の時期があります」
「その空白を、突く」
「実業部の実務ポストへの評価という形で、こちらから、静かに近づかせていただきます。JCS経由の情報提供者として」
「本人には」
「あくまで、有能な官僚として国策の中枢に食い込んだ、としか、認識させません」
竹中は、頷いた。
「利用するにしても、隠し立てはするな。ただ、全部を明かす必要もない」
「承知しております」
翌年、満州重工業開発が正式に発足する頃には、資本構成に、東京の関与枠が、すでに組み込まれていた。
関東軍は、満州経済の後見人という座を、竹中・JCS側と、実質的に共有せざるを得なくなっていた。
河豚計画の資金・人脈基盤も、この鮎川ルートを通じて、当初の想定より、二年ほど前倒しで整い始めていた。
「二キ三スケ、という呼び名は、そのまま残るだろうな」
竹中は、報告書を閉じながら、呟いた。
「ですが、東京から完全に独立した集団では、もう、なくなりました」
麻子が、静かに答えた。
「静かに、切り崩す。それだけのことだ。それが俺たちの仕事だ」




