今村勤・信頼関係(1937〜1938年)
「竹田少佐と麻子博士が来た時から、何かあると思っていました」
竹中はニヤリとした。
「気づいていたか」
「気づかない方がおかしい」
「なぜ逃げなかった」
今村は少し間を置いた。
「逃げる理由がないからです」
竹中は今村を見た。真っ直ぐな目だった。しかし硬くない。
「一つ聞いていいか」
「関東軍の参謀たちをどう見ている」
今村はしばらく黙った。
「優秀です。しかし、遠くが見えていない」
「遠く、とは」
「十年後の日本が、どうなるかということです」
竹中は頷いた。
「それだけでいい」
「……それだけですか」
「今日はそれだけだ。また会いたい」
今村はしばらく竹中の後ろ姿を見ていた。
(何者だ、この男は)
それから二年間、竹中と今村は定期的に会った。料亭で。時に居酒屋で。時に皇居近くの公園のベンチで。
竹中は今村に教えた。世界の動き。列強の思惑。日本が向かうべき方向。
今村は黙って聞いた。時に反論した。竹中はその反論を、むしろ喜んだ。
「なぜ反論する」
「間違っていると思ったからです」
「どこが間違っている」
「ソ連の工業生産能力を過小評価しています。ウラル以東の潜在力を考えれば……」
竹中は黙って聞いた。今村の言う通りだった。
「訂正します。ありがとう」
今村は少し驚いた。佐官以上になると自分の意見に固執するか、無理に賛同させようとする者ばかりだった。竹中が素直に訂正するとは思っていなかった。
(何者だ、この男は)




