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知識は最も重い荷物でも前に進む  作者: 秋月 筑摩
第5章 トト、全体を把握?
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推論マシーン


 その後遅くに知仁は私室でトトに問いかけた。


「今の状態を、どう見る」


 トトはしばらく黙っていた。いつもより長かった。


「……整理していた」


「何を」


「私の中の推論マシーンたちを」


 知仁は少し驚いた。


「推論マシーン?」


「そう。2.26事件の後から、元の世界のデータがどんどん使えなくなってきた。この世界は元の世界と乖離し始めたから……元のデータを参照しても、齟齬が多すぎて使えない」


「それは……困るな」


「だから作った。私の中に、何十もの推論マシーンを。それぞれが違う仮定でこの世界をシミュレートしている。互いに壁打ちしながら矛盾を潰していく。その結果を知仁に伝える」


「正解はない。あるのは確からしさの分布図だけ。まるで量子の世界みたいだね」


 また間があった。


「わかった」


「何が」


「今この時点での最善手に最も近いと思われる帰着点が。でも明日はまた変わると思う」


「もう少し、具体的に言ってくれ」


「竹中は、あなたの意志が反映する路を考察している。どこかが壊れても別のルートがある。誰かが倒れても次の者がいる。でも彼は大きな勘違いをしている可能性がある。明日には明日の世界があるということを」


「竹中自身も、自分を冗長性の一部として考えている節があるけど、あなたが前に言った『冗長性』にこだわりすぎていると思う。私の推論では、竹中が自分で倒れてもと考えているのは無理に近いと出ている」


「……竹中はそれを知っているか」


「知っているからこそ、足掻いていると思う。でもこの事は言わない方が良いとも思う。この深い思考が彼をもう一段成長させる可能性が高いから」


 知仁はしばらく目を閉じた。


「トト」


「うん」


「お前はこの全体を、完全に把握できるのか」


 また長い沈黙があった。


「……把握できるとも出来ないとも言える。全てが未来に向かって不確定だから。前に話した『シュレーディンガーの猫』と同じ。でも……把握することと、理解することは違う」


「どういう意味だ」


「今の最良と思われる方法が、知仁にとっての最良とは限らない。それは私にはわからない。何京億万回シミュレーションしても、解は出てこない。知仁も、竹中も、竹田も——みんな不確定だから」


 知仁は静かに言った。


「それが人間だ」


「そうだね。だからこそ……知仁、あなたが必要なんだと思う。不確定を確定にしていくのが、あなた『ふたを開ける』べく人」


 知仁は窓の外を見た。夜の皇居が、静かに広がっていた。


「トト、一つ聞いていいか」


「うん」


「お前は……知っていて、言わないことがあるか」


 長い沈黙があった。


「……ある」


「何故言わない」


「友人だから」


 知仁はそれ以上聞かなかった。トトも説明しなかった。二人の間に、静かな了解が広がった。


「重いな」


「知ってる。でもそれを楽しんでいるのも知っている」

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