外事特務課と麻子(1936年夏)
同じ頃、竹中はもう一つの外堀を埋めていた。
宇垣総理を通じて、内閣府に「外事特務課」を設置させた。
表向きの役割は『対外情報の収集・分析』。公的な予算がつき、正規の人員が配備された。
だが、その実態は『SSS』の表の顔であり、実質的には外務省の上位に位置する情報機関だった。
無論、外務省は何も知らない。自分たちが日本外交の主役を担っていると盲信していた。
SSSの設計図において、外務省は「対外宣伝機関」に過ぎなかった。外務省に嘘はついていない。ただ、全体の設計を教えていないだけだった。
「よくもまあ、これだけの二重構造を考えつきますね」
竹田が、執務室の窓際で肩をすくめた。
「表があれば、裏の陰は見えにくくなる」
竹中が応じたそこへ、新たに分析官として加わった前田麻子が通りかかった。
「お邪魔していいですか?」
竹田が悪戯っぽく笑う。
「麻子だ。夏になっても、絡み酒の癖は抜けてないみたいだぞ」
「その話は、もう、勘弁してください」
「その才媛が英国風のパブで『女だてらにと、誰も私を理解してくれない』くだを巻いていたのは、一体どこの誰だったかな」
「うははは……それは良い。飲み屋で拾ってきた猫そのものだな」
竹中が、珍しく声を上げて笑った。
「もう、結構です」
麻子は小さく溜息をつき、表情をプロのそれに切り替えた。
「……話を戻します。SSSの現実の動向についてお聞きしたいのですが」
「SSS? そんなもの、この国にあったか?」
「さあな。記憶にない」
麻子は一瞬呆気に取られたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「――そうでした。私も、そのような組織は聞いたこともありません」
「それでいい。何かあれば、すべて外事特務課がやったことになる。外務省は、自分たちが主役のつもりで踊り続ければいい」
「……外務省が気づいたら?」
「その時は、竹田少佐と麻子君の二人で、平身低頭土下座でも何でもして謝り倒してもらう。まあ、そうならないように、うまく『蛇』の手綱を握ることだな」
竹中は例の悪い顔を浮かべたまま、静かに部屋を去っていった。




