JCS発足・SSS根回し(1936年春)
1936年3月、陸海軍統合参謀機構(JCS)が正式に発足した。
新聞各紙の一面には、大々的に活字が躍る。
『宇垣内閣、軍の暴走を防ぐ新機構を設立』
その紙面のどこを探しても、竹中や竹田の名はなかった。PL1も、SCSも。ただ、日向の機構だけが産声を上げた。
JCSの発足から間を置かず、竹中は次の一手を打った。今度は、スーツすら着ていなかった。どこにでも紛れ込める、ただの私服姿だった。
彼が密かに訪ね歩いたのは、表向きは何の繋がりもない場所ばかりだった。東京帝国大学の教授研究室、外務省の局長室、陸軍情報部の一室、そして大手財閥の調査部門。すべてが「非公式の懇談」であり、公式の記録は一切残されない。
薄暗い部屋の片隅で、竹中が語った言葉は、どこでも同じだった。
「今の日本に致命的に足りないのは、情報を正しく読む仕組みです。軍、外交、経済――それぞれが縦割りの殻に閉じこもり、世界という全体を見渡せる目が存在しない」
対面した知識人や官僚たちは、一様に深く頷いた。
「そこで、陛下の直属として、各分野の情報を集約し進言する最高機関を非公式に立ち上げたい。表舞台には決して出ない。しかし、確実に世界の歯車を動かす組織です」
断る者は、誰一人としていなかった。「陛下の直属」という言葉が持つ質量は、彼らの理性をねじ伏せるに十分すぎるほど重かった。




