09:00 (宇垣邸・JCS根回し)
宇垣一成は客間で待っていた。
呼ばれた理由は聞いていなかった。ただ「至急」とだけあった。
竹中が入ってきた。スーツ姿だった。宇垣はわずかに眉を動かした。軍服ではないその姿に、一瞬の驚きを覚えた。
「単刀直入に申し上げます」
「うむ」
「陸海軍を統括する、統合参謀機構の設立を――閣下の手で提唱していただきたいのです」
客間に重い沈黙が降りた。
「それは……陛下のお考えか」
「陛下も『良いかもしれないな』と、お言葉を漏らされております」
「あのような事態を二度としでかすようでは、私としても陛下に腹をかっさばいても立つ瀬がありません。少しでも風通しが良くなれば、やらぬよりはマシかと」
宇垣は深く腕を組んだ。
「わしのアイデアとして、か」
「はい。閣下が提唱される形が、この国において最も自然です」
宇垣は目を閉じ、思案を巡らせた。長年、軍と政治の修羅場を生きてきた男だ。目の前で静かに微笑むこの男が、一体何者であるかも、朧げながら見えてきた。
「……わかった。やってみよう」
その後数日、宇垣が動いた。一人ひとりの大臣を精力的に訪ね、同じ言葉を繰り返した。
「あのような事態を、二度としでかさぬために……」
「陛下も『良いかもしれないな』と、お言葉を漏らされている」
その一言の持つ質量は、あまりにも巨大だった。表立って抵抗できる者など皆無だった。
竹中は執務室で、その推移を冷徹に見守っていた。外堀が埋まるにつれ、軍部と財界を結ぶ不穏なパイプが、泥の中からじわじわと浮き彫りになっていく。
「竹中中佐、悪い顔をしてますよ」
竹田が、書類を整理しながらボソッと言った。
「そうか。貴様にそう見えるぐらいだから、相当なんだろうな」
「個人的にはその悪い顔、そのまま出してもらった方が、俺たちも仕事がしやすいですよ」
「そうか、考えておく」
竹中は珈琲を口に含み、再び書類へ目を落とした。




