秘密晩餐
連れて行かれたのは、表向きは宿舎の一室だった。
しかし扉を開けると、思いのほか広い空間が広がっていた。須知が静かに給仕をこなしている。
知仁と竹中、二人だけの晩餐だった。
竹中の背筋に少しの緊張が走ったが、そのポーカーフェイスが崩れることはなかった。
「楽にしてくれ」
知仁が卓を挟んで促す。
「飯を食いながら話そう」
しばらく、二人は無言で箸を動かした。
沈黙を破ったのは、知仁の方だった。
「今日の演習、駆逐艦を最後まで温存したのはなぜだ」
「切り札は最後まで隠すためです」
「最初から使えばもっと早く勝てたかもしれない」
「最初に使えば、相手に対応策を考える時間を与えます。最後に使えば、相手はもう動けない」
知仁は箸を置き、少しの間を置いた。
「兵站側を切ることを、最初から考えていたのか」
「戦わずに勝てるなら、それに越したことはありません。戦えば必ず消耗する。問題は、消耗した状態で迎える『次の戦い』です」
知仁はまた黙った。今度は少し長かった。
「一つ指摘していいか」
「はい」
「お前の作戦は、緻密すぎる」
竹中の眉がわずかに動いた。それが称賛の言葉ではないと、瞬時に察したからだ。
「……と、おっしゃいますと」
「一本の糸が狂えば、すべてが瓦解する。もっと、冗長性が必要だ」
竹中は言葉を失った。
冗長性。その単語が、彼の脳細胞に深く突き刺さる。
(そうか。俺は美しく組み立てることに満足していた。だが、現実は想定通りには動かない。外れた時、そこに代替案はあるか。逃げ道はあるか。それが、冗長性か)
「……今まで考えたことがありませんでした」
「そうだろう。強い作戦より、崩れない作戦の方が長く勝てる」
竹中は頭を下げた。深く、静かに。今まで生きてきて、誰からも受けたことのない強烈な衝撃が、胸の奥で暴れていた。
帰り際、知仁が言った。
「また話したい。次に上京する時、連絡してくれ」
竹中は一礼し、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、竹中は考えていた。
この人は何者だ。ただの皇太子ではない。自分の見えていない、世界の先が見えている。
虚無と野心を孕んだ彼の双眸が、決定的に色を変えた夜だった。




