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知識は最も重い荷物でも前に進む  作者: 秋月 筑摩
第3章 竹中と武田(竹馬の友)
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図上演習

 ある士官室の隅で、忍び笑いが漏れていた。


「聞いたか。竹中少尉、卒業祝賀会で風景をぼうっと見ていただけらしい。そこに皇太子殿下からわざわざお声を掛けられたそうだ」


「無能に近いあやつに、なぜ殿下が。今のうちに評価を確定させておかねば、こちらの立場がない」


「今度の図上演習で、その無能ぶりを殿下の前で証明して差し上げればいいのです。あやつの少数艦隊を、徹底的に打ちのめす」


「面白い。錬度を落とした艦を宛がい、殿下をお招きして見物といくか」


 扉の外の気配に気づく者は、誰もいなかった。


 数日後、東宮武官より艦隊司令部へ打診があった。殿下が、風変わりな竹中少尉の指揮ぶりを拝見したい、と。


 作戦室。時計の針が午前四時を回る。


 竹中は一人、青軍の設定盤に向かっていた。


(これでなんとかなるか。ならなかったら、まあ、それまでさ)


 午前八時半。配置を終えた竹中に、設営担当の先任将校が呆れた声を出す。


「竹中、本気か。作戦指揮官がここまで密に初期配置に拘るなど聞いたことがない。貴様、噂通り頭のネジが足りんか、あるいは多すぎる」


「自分ではごく普通だと思っているんですが」


(人生がかかっているか。それはそれで――楽しい)


 十三時直前。


「これより、皇太子殿下の御前にて図上演習を開始する」


 審判長の号令とともに、盤面の駒が動いた。


「赤艦隊、湾外へ進出。青艦隊の寄港地へ向かう」


 その直後、戦況判定員が声を裏返らせた。


「赤艦隊、触雷! 主力二隻中破、駆逐艦三隻大破脱落!」


「馬鹿な。前日には機雷などなかったぞ!」


 判定員が淡々と規則書を開く。


「青艦隊は本日深夜零時、機雷を設営完了。規則書第一条『演習はその日の零時をもって始まる』。違反には当たりません」


「事前設置など卑怯だ!」


「言葉を慎まれよ」


 冷徹な声が室内を射抜いた。皇太子・知仁だった。


「審判長、少しよいか。卑怯な策と言うが、我が軍も日露戦争時に機雷で多大な戦果を上げている。それが帝国軍人として恥ずべき策か」


「演習は武人の誇りを競う場か? 自軍の思い込みや弱みを見つけるためにするのではないのか」


 盤面の地獄は続いた。混乱する赤艦隊に、竹中の青艦隊が牙を剥く。二隊に分散し、主砲の斉射を開始。


「赤艦隊、再び触雷! 青艦隊は戦闘の裏で、魚雷艇を用い退路へさらに機雷を敷設していた模様!」


「青水雷隊、本隊より分離。迂回し背後より突撃。雷撃、防ぎきれず――」


 審判長の木槌が鳴った。


「勝者、青艦隊」


 懇親会が引けた夜、皇居の私室で知仁は静かに決めていた。


 近いうちに、あの竹中という男を宮中へ招こう。トトが言っていた、あの男の見ている景色。それを、もう少し近くで確かめてみたかった。

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