ある路地裏(明治の終わり頃)
竹中は子供の頃から、周囲と少しずれていた。
家は裕福だった。関西近郊の旧家で、土蔵が二つある屋敷に住んでいた。
しかし竹中には、それが重かった。
本来、竹中は次男だった。長男として生まれた兄が幼くして逝き、竹中が急遽「長男」の役割を担わされた。家の跡継ぎ。御庭番の家系の継承者。
誰も竹中に聞かなかった。
「お前はどうしたいか」と。
竹中はそのことを、さほど口にしなかった。口にしても、誰にも届かないことを、幼い頃から知っていたからだ。
その代わり、竹中は読んだ。
戦記を読んだ。空想科学小説を読んだ。家の蔵の奥に積まれていた古い書物も読んだ。
そして考えた。
人はなぜ動くのか。組織はなぜ腐るのか。勝敗はどこで決まるのか。
周囲には見えていないことが、竹中には見えた。
しかし見えていても、言わなかった。
言っても、誰も理解しなかった。
「変なやつ」と言われた。
竹中はそれ以来、口をつぐんだ。
見えていても、言わない。
それが癖になった。
竹中にとって竹田のもの言わぬ関係が気持ちよかった。一応近所では「竹中半兵衛」の末裔で裕福ということで、擦り寄ってくる人も多かった。その目は何だか濁っていて、物欲しげに見える。そんな大人もそう感じる自分もイヤだった。
そんな時ひょっこり、竹田に会った。転んだようで少し血を流してた。自分の持っていた手拭いを差し出してやった。どうせおべっかの丁重な応えが返ってくると思っていた。
無言だった。だが目は曇ってなかった。自分と同じ匂いを感じた。虚無と野心の目をしてた。
(何故そう思ったのか、今でもわからない。でもそう思った)
竹中は手拭いを受け取って、また歩き始めた。
翌日も、その翌日も、なぜか同じ路地で顔を合わせた。
どちらも何も言わなかった。
ただそこにいた。
それがいつの間にか、当たり前になっていた。




