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知識は最も重い荷物でも前に進む  作者: 秋月 筑摩
第2章 二・二六事件 翌2月27日
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14/78

10:00 (その後)

2.26事件の収束とその後(?)

 ラジオから、簡潔な発表が流れた。


「岡田総理は、昨夜、無事の状態で発見されました。ただし、事件による心労のため、しばらく療養が必要との診断です」


 アナウンサーの声は、淡々としていた。


「岡田総理の御内諾のもと、快復までの間、内閣総理大臣の職務は、引き続き宇垣一成臨時総理が務めることとなりました」


 その一言に、街の人々は、それぞれの思いを胸に、頷いた。


 皇居の一室で、知仁はその放送を、静かに聞いていた。


「無事だったか」


「はい」


 須知が答えた。


「岡田総理からも、御内諾を頂いてまいりました」


「そうか」


 知仁は、窓の外を見た。


「宇垣には、もう少し、働いてもらうことになる」


 その日の各新聞一面。


「史上初 天帝陛下、ラジオ御言葉で即日鎮圧」


「規模は大きかったが、陛下が直接動かれた結果」


「新たな時代の幕開けか」


 日本中が、その言葉を噛みしめた。


 竹中の名前は、どこにも出なかった。


 竹田の名前も。


 SCSも。PL1も。


 ただ、天帝が動いた。


 それだけが、歴史に残った。


 2.26事件は反乱部隊数、規模が大きい割りに短時間で終息し、世界は驚いた。


 しかも天帝が日本の顔として動いたことに、いくらかの称賛と疑念が渦巻いたが、うまく鎮圧出来たことにおおむね歓迎的であった。


 一部の共産主義系の人と、ルーズベルトの関係者を除いては。


 また世界は知らない、日本のホンの姿を。


 なお、岡田啓介は、事件から一月ほど後、心労の癒えぬまま、正式に総理の職を辞した。


 宇垣一成は、「臨時」の二文字が取れ、正式に内閣総理大臣として本採用されることとなった。


 事件前であれば陸軍の反発で組閣すら叶わなかったはずの宇垣内閣は、この世界線では、事件の混乱を鎮めた立役者として、むしろ追い風の中で発足した。歴史の皮肉であろうか、それとも?


 その年の秋に行われた総選挙でも、宇垣内閣を支持する勢力が、議席の多数を占めた。


 混乱を収めた宰相への信任は、思いのほか、厚くなった。

これから話がどうなる?

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