06:30(夜明け近く)
窓の外が白み始めていた。
須知の報告が途切れた。
知仁は立ち上がり、窓の前に立った。雪はいつの間にか止んでいた。東の空が、かすかに赤みを帯びていた。
是清が静かに言った。
「陛下、そろそろ」
知仁は振り返らなかった。
「うん」
しばらく、二人とも黙っていた。
須知が扉を開けた。廊下に人の気配があった。
「宇垣閣下がお見えです」
知仁は頷いた。
宇垣とは、これが初めての対面ではなかった。
半年ほど前、竹中の根回しで、非公式に一度、御前に伺候したことがある。多くを語らぬ人物だった。だが、語らぬ分だけ、腹の据わり方が伝わってきた。あの時、知仁はただ一つだけ確かめた——いざという時、陸軍の中で、勅命に黙って従う覚悟のある者か、と。
答えは、言葉ではなく、目で返ってきた。
それで、十分だった。
宇垣一成が入ってきた。軍服を着ていた。表情は硬かった。しかし目が、何かを確認しようとしていた。
知仁は宇垣を見た。
「岡田総理の安否が、まだ確認できておらぬ。閣僚の多くも、今この瞬間、どこにいるかすら分からぬ状態だ」
「存じております」
「国の指揮系統が止まっていては、どうにもならぬ。ゆえに、朕の権限において、非常の措置を取る」
知仁は、一度、言葉を切った。
「宇垣、そなたを、臨時に内閣総理大臣に任ずる」
宇垣の表情が、初めて動いた。
「畏れながら、それは——手続きを経ぬ、超法規的な——」
「承知の上だ」
知仁は、静かに、しかしはっきりと言った。
「平時であれば、断じて許されぬ。だが、今は平時ではない。岡田総理の無事が確認され次第、そなたの任は、直ちに解く。それまでの、繋ぎだ」
宇垣は、しばらく黙っていた。
「⋯⋯御意」
深く、一礼した。
「総理として、そなたに命ずる」
知仁は宇垣を見た。
「宇垣」
「はい」
「頼む」
それだけだった。
宇垣は深く一礼した。
長い礼だった。
顔を上げた時、その目に迷いはなかった。
「御意」
その後、知仁はトトに問いかけた。声に出さず、心の中で。
「これで良かったか」
トトはしばらく黙っていた。
「わからない」
正直な答えだった。
「ただ……」
「ただ?」
「今できることの中では、これしかなかった」
知仁は目を閉じた。
「そうだな」
夜明けの光が、窓から静かに差し込んできた。




