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「お前を愛するつもりはない」そう言った呪われた英雄辺境伯に、売られた令嬢は咄嗟に蝉ドンしてみた~魔王殺しの英雄と魔王令嬢の物語~  作者: 桃緑茶


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78.序列最下位の諸侯王は最古の諸侯王と相対する

シルヴィナの宣告は冷たい刃となってベアトリスの背筋を刺した。

魔力の消耗故、人間態に戻ったシルヴィナの攻撃はベアトリスの脇腹を抉ったものの、アヌシュカは無事だった。


「真なる魔王の封印。知っていて逃げないで欲しいね。放って置けばアヌシュカが真なる魔王の器になる。

()()()()()()()()()()()()()()()()

――その言葉は事実だった。

アヌシュカが体内に呑み込んだ混沌は、真なる魔王の核の一部であり奴そのもの。いずれ彼女を飲み込み、新たな魔王が誕生する。それは避けねばならない世界の危機だ。


だがベアトリスの内面には相反する感情が渦巻いていた。

(私がアヌシュカの母との因縁を話さなければ、この子に必要以上に負担を掛けなかった……。罪悪感を持たせるべきではなかった……)

諸侯王の務めに固執することも無かったかもしれない。

(いや、セレイムの惨劇以降、()()()()()()()()()()())

ベアトリスの潰えぬ憎悪を利用された。

そんな隙をこの女に見せるべきではなかったのに、我を忘れた。


(――クリューレーヴならば、私の憎悪を違和感なく底上げも出来る)

あいつらは同族すら破滅するのが面白いと感じるから。


最初から、手の内か。

(現状の問題は、もっと根本的だ)

下位諸侯王としての己の力は、高位諸侯王であるシルヴィナに敵わない。諸侯王の階級制は絶対ではないが、シルヴィナは最古の諸侯王。

――邪視だけが、唯一の対抗手段。

それも真なる魔王に潰され回復は遅い。


「器を壊すだけ。壊れたアヌシュカの魂は引き抜いて、魂を修復する。…此度の功労者だからね。

そうすれば、数百年後には元の諸侯王に戻るだろう」

そこに、アヌシュカが大切にしていた人たちは居ない。

「シルヴィナぁ……」

ベアトリスの声は怒りで震えていた。抱きかかえたアヌシュカの軽すぎる体重が腕の中で微かに動く。少女の身体は真なる魔王の毒気に侵され、呼吸が浅い。

(この子を殺せば……)

言葉が詰まる。そして。

(――ああ、そうすればいい)


自身の本能に従うことにした。

「――笑える。この私が王都で何百人殺したと思っている?近年最も人を殺した邪視の魔女ベアトリスだぞ?この骨董品。

お前、魔女に情で訴えるなんて、頭がお花畑ね。

――ふふッ、お前の言う事なんて、聞いてやらない」

そう言い放ち、ベアトリスはアヌシュカを抱えて飛んだ。


シルヴィナは無表情でベアトリスを追う。光球が雨のように降り注ぐが、ベアトリスは黒翼を盾にして回避する。

「邪視無しではシルヴィナに勝てない。…ハッ、何やっているんだか」

シルヴィナが発した術式は光速に近い。

魔力探知も追いつかず、ベアトリスの左肩を穿ち、黒翼に亀裂が入る。


視界は閉ざされているが、聴覚と魔力感知で状況を把握するベアトリス。耳鳴りが酷い。

(このままでは墜落する)

歯を食いしばる。


その時、ぼやけた視界の端に微かな光が差した。いや、正確にはシルヴィナの攻撃軌道を歪める『鏡』のような幻影が虚空に浮かび上がり始めた。

「……デイジー」


鏡像がシルヴィナの光線を乱反射させる。しかしシルヴィナの術式は即座に修正され、狙いを変えずに追撃してくる。

「デイジー!無理をするな!」

鏡像が突然砕け散り、シルヴィナの放った光弾を跳ね返す。だが、威力は半減しない。

――黒い錐がシルヴィナの動きを阻害する。


『ベルさん!エルル様にシルヴィナ様の説得願い出ましたが、シルヴィナ様に通信切られています‼

攻撃や障害物の座標を送るので回避してください‼』


「くっ……!」

『アヌシュカさんの旦那さんが向かっています、これが座標ですからね!その間に手数増やします‼』

ベアトリスは損傷が激しい黒翼の片翼を破棄し、残る片翼で無理やり方向を変える。シルヴィナの追撃をかわし続けながら前線基地方面へ向かう。

視界ゼロのまま地形を把握するのは至難の業だが、魔力探知とデイジーの指示で駆け抜ける。


(オルトス……早く……!)


不意に、オルトスの声が響く。

「アヌシュカ‼」

戦線が落ち着いた事で、単身で来たのだろう。

ベアトリスはその地点に落下した。

衝撃で雪と泥が舞い上がる。オルトスが駆け寄る気配がした。

「ベアトリス殿!?何故シルヴィナ殿と戦って……!」

「煩い! 頭を下げろ!」

ベアトリスがオルトスの頭を掴みそれから避けさせる。シルヴィナの光弾が頭部に命中し、ベアトリスの耳がはじけ飛んだ。


上空でシルヴィナが悠然と降下してきた。

「ベアトリス。諸侯王『中立派』の落ちこぼれ。曲がりなりにも諸侯王の役目くらいは知っているだろうに。」

「うるさい」

(やはり、クリューレーヴに見限られたか。結束などあって無いようなものだか)

ベアトリスは口内の血を吐き捨てた。

「お前の理屈はわかる。アヌシュカを殺せば全て解決だ。だが……」


「な…!?何故だシルヴィナ殿!?」

「お前の妻が真なる魔王の混沌を喰らったから。お前の妻を殺せばこの事変は解決とシルヴィナは判断した。…お前はシルヴィナに同意するか?」

「出来る訳が無いだろう‼」

「そう」


ベアトリスがアヌシュカをオルトスに渡す。アヌシュカの銀色の髪がベアトリスの血で赤く染まっていた。

「私だって世界を守ることの大切さは知っている。だけど……」

ベアトリスの声に含まれていたのは諸侯王としての冷徹さではない。人間味のある葛藤だ。

「私が背負わせた重荷を、この子の人生ごと否定することだけは……できないのよ」


オルトスがアヌシュカを強く抱きしめた。

彼はアヌシュカの、その小さな手を取った。

「…一緒に戦ってくれてありがとう」


ベアトリスはオルトスがアヌシュカに掛ける優しい声音を聞いて、――決めた。

「お前、アヌシュカを助けたい?」

オルトスに問うた。

「…ああ」

「…分かった」

ベアトリスはアヌシュカの傍にしゃがみ込み。

その肩の肉に噛みついた。


ベアトリスが噛み付いたアヌシュカの肩肉から血が滴る。混沌を喰らった結果、黒翼はほぼ消失し地面に片膝をつく。視界が霞みながらも彼女は笑った。

「ふん……ざまあみろ、エレシュカ。お前の娘に噛みついてやった」


シルヴィナが冷ややかに言う。

「愚かだね。()()()()()()()()()


「関係ないね。私には、これしかできない」

ベアトリスは胸を押さえた。肩口から流入するアヌシュカの混沌は凄まじく、内側から焦げつくような灼熱に襲われる。しかし彼女の意思は揺るがない。歯を食いしばりながら再びその傷口へと口を開ける。

再度臓腑を灼けつかせるような衝動に襲われるが、咀嚼した。

「アヌシュカのような子供の代わりに……私が背負ってやるさ」

「止めろ! 無茶だ‼」

オルトスが叫ぶが、ベアトリスは片手で彼を遮る。朦朧とした意識の中でアヌシュカの鼓動を感じ取った。まだこの子は生きている。


「勘違いするなよ? 私は、そこのシルヴィナのやり方が気に喰わないの」

ベアトリスが吐き捨てるように言う。

その声には明確な嘲りと怒りが籠もっていた。

「世界の存続が大事なら『諸侯王』に押し付ければいい。でもこの子は半分人間。この子の命は消耗品じゃない。ちゃんと役目を援護して終わらせてやるのが私たち『大人』の役目だ」


オルトスはその言葉に呆然とし、次いで唇を震わせた。

「……なぜ、そこまで?」

「知るか。けど、アヌシュカはお前の妻なのでしょう? だったら守りなさい。それに……」


ベアトリスは肩越しに小さく笑う。

「……悪い魔女が世界を救ったならば、私が育てた子供(ユーフェミアの子)達に…少しは顔向け出来る」

ベアトリスが『近年最も多くの人間を殺した邪視の魔女』であることはオルトスも知っている。


だが——

彼女の笑みはまるで幼子を慈しむ母のようだった。


+++++


「――……っ」


遠く離れたトゥーフルート街のユーフェミアの薬屋。

ユーフェミアは息を止めたまま鏡面を凝視していた。

デイジーが設置した『鏡』が映し出す戦場の光景は、まるで血塗られた悪夢だった。ベアトリスの背中を射抜くシルヴィナの光条。彼女が片翼を失いながらもアヌシュカを抱え翔ける姿。オルトスの絶叫。そして――ベアトリスがアヌシュカの肉を齧る凄惨な行為。


「ベア……」


喉が詰まった。鏡の表面が波紋のように揺らぎ、ベアトリスの声が響く。

『ユーフェミア。お前のもう一人の母は…世界を救った少女を見捨てない』


――違う。


違う、と言いたかった。

ベアトリスがこんな姿を見せたのは初めてだ。

時に優しく、時に厳しい薬学などの教育を施す一方で、就寝前には本を読んでくれる母。

魔女の烙印で処刑された曾祖母を『お前の曾祖母は優しく、すぐれた薬師』と誇りをもって告げた母。


(違う。逃げてよ、ベアル)


鏡が再び震え、オルトスの震える声が重なる。オルトスはベアトリスを拒絶せず、必死に彼女の支えになろうとしていた。

『なぜそこまで?』

『知るか。けど……悪い魔女が世界を救ったなら……私が育てた子供達に…少しは顔向け出来る』


ベアトリスの告白を聞いて、ユーフェミアの胸が引き裂かれた。

(私達のため――)

涙があふれた。

ずっと知らなかった。母がどれだけ自分に償いを望んでいたのか。

ユーフェミアは人殺しの魔女として育ったのではない。

「私が……私のために……っ」


鏡の中のベアトリスが嗤う。しかしその笑みは凄絶なほど美しく、そして脆かった。

「ユフィ――お前の未来に影を落としたくはない」


血が滴る大地に膝をつくベアトリスの足元が歪み始めた。力を酷使した代償か、自ら取り込んだ混沌の破壊力が体内で暴れている。彼女の右足が粉々になり、骨と肉が砕けて崩れた。黒い粉末が舞い、雪の上に血痕が散った。


「――くっ……」


オルトスが叫ぶ。

「ベアトリス殿‼もういい!貴女がもたない‼」

しかしベアトリスは牙を立てたまま嗤う。

「……ふざけるな。私がやらずして……誰がこの子の命を繋ぐ?」


――そうだ。この母は冷酷な魔女ではない。

世界を滅ぼす可能性と世界の救済を天秤にかけてもなお、少女を守る道を選ぶ。己の命を代償にしても。


(この人は……私のお母さん……)

ユーフェミアは嗚咽しながら鏡に額をつけた。

「……止まって……もうやめて……。――誰か!助けて!おかあさんを助けて‼」

しかし鏡越しに映る現実は容赦なく続く。

シルヴィナが冷静に告げる。


「君が命を賭けてもアヌシュカは救えないよ」


シルヴィナの冷酷な宣告が戦場に響く。オルトスが剣を構えるも、ベアトリスが血だらけの手で制した。


「……シルヴィナ。私が諸侯王としての責務を果たせないとしても――」

彼女の声は地を這うように低く、しかし決意に満ちていた。

「この子だけは……お前に殺させない」


シルヴィナの目が細くなる。その瞳孔には微かに雷光が宿った。

「ならば共に消えるがいい」

「やめてぇぇぇえええええっっっ!!!!!!」



次の瞬間、空が割れた。


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