74.世界終焉の始まり①
アヌシュカ達がバーンベルク侯爵領に着くと、大量の木箱を抱えたプリムラが出迎えた。
「いらっしゃい、バーンベルク侯爵領へ」
プリムラはのんびりした様子であいさつし、キーゼルがゼフェスゾームの領民たちを仮設の住まいへ案内した。
「その木箱は?」
「ユーフェミア様特製の、傷薬と魔力回復薬ですよぉ。強い魔力が蔓延すると移送方陣の使い手が限定されますから」
「凄い量ですね」
「隣接しているバスラ街の聖女ベラドンナ様たちも手伝ったそうですからねぇ」
アヌシュカは領民の案内を見届け諸々の指示をダリア達に命じてから、ヴィオラとローレル教皇や他の神官たちと共に、二つの領の境にある集落へ向かった。
戦線離脱した者はここで治療をする手筈になっている。
向かうと、木箱の仕分けを命じている邪視の魔女ベアトリスが居た。
「は?ローレル?馬鹿なの?何故王都に居ない?」
「王都は精霊ヒルベルテ様とその伴侶エルル様、聖女アイビー様とフォクス様が護っておられますので」
「そうじゃなくて…」
暫しの問答の後、呆れたように告げた。
「まあいい。自衛の護符は肌身離さず持っている?サリナの作ったタッセルもきちんと付けておきなさい、中々の加護があるから。年なんだから、基本は神官たちに任せなさいよ?」
「畏まりました」
ベアトリスの叱責にローレル教皇は静かに頷いた。
ヴィオラはベアトリスとローレル教皇を見比べ、意外そうな顔をした。
「…奥サマ、邪視の魔女サマってお優しいですね」
「はい、不器用ですけど、お優しい方です」
「そこ、五月蠅い。…アヌシュカ」
ベアトリスはアヌシュカをじっと見据えた。その金色の瞳には珍しい揺らぎがあった。
アヌシュカをヴィオラ達から離し、声を潜めて告げる。
「シルヴィナが何か企んでいるのは気づいているでしょう?アヌシュカ」
「……」
アヌシュカは黙った。図星だった。
封印されてから、封印の小さな抜け道を介して分体を作り転生を画策して来た真なる魔王。
強大な力、分裂可能な魂故、精神を切り離し他の諸侯王と戦わせるのは悪手。
下手すれば別次元へ逃走し、諸侯王の身体を喰らい乗っ取りかねない。
何千年と眠っていた真なる魔王に、近代の知識を与えてはならない。
対応され、こちらの攻撃手段が無くなる。
…別のやり方で魂を切り離し、真なる魔王を弱体化させる方法はある。
序列の高い諸侯王が真なる魔王を食み、その魂の一部を己の体内に留めること。
(あの魔女以上の魔女め)
アヌシュカは高位の諸侯王をついで間もなく、経験不足な上、肉体も完成しきっていない。
――理想の贄。
再封印後、その真なる魔王の魂を取り込んだ贄を殺害すれば、この戦いは終わる。
(アヌシュカの性質上、やりかねない)
「あの女はね……目的の為なら手段を選ばないのよ。私達みたいな生き物には『仲間』なんていう甘っちょろい概念は通用しない。――お前が死ねば真なる魔王の魂は封じられる。その程度の駒と見ている」
「知っていました……」
アヌシュカは呟いた。
「でも僕は魔王です。皆さんのためにできることは……」
「違う!」
ベアトリスが鋭く遮った。
「お前はただの子供!大人が護らなくてどうする!?」
「聖女でもあります。だから」
「違う、違うのよ、アヌシュカ。お前のような子供を犠牲にして成り立つ平穏は在ってはならない」
「でも、必要です」
アヌシュカは頑なだった。
「この……」
ベアトリスは苛立ちと罪悪感がないまぜになった顔で溜め息をつく。
(やっぱり話すんじゃなかった……)
ベアトリスは歯を食いしばり、拳を握りしめた。
そして、ぽつぽつと告げる。
「――私がユーフェミアの祖母を育て始めた時……あの時は単なる同情だった。私のような者を『おかあさん』と呼ぶあの子を…育てるかしか選択肢がなかった」
彼女の金の瞳が遠い記憶を映す。
「私が魔女狩り執行官に追い詰められた時……あの土砂崩れで足が千切れ飛んだ。生き延びるには……奴らの肉を食うしかなかった」
(あの腐臭と鉄錆の味は今も忘れられない)
「でもそれをエレシュカ……お前の母に見られてね。彼女は躊躇なく襲って来た。…不愉快だが、お前の母の行動は正しい」
(あの純粋な怒りは私には眩しすぎた)
「瀕死の体で彼女を見つけた時……私は全てを壊すしかなかった……」
(後悔しても遅い。あれが私の運命だった)
「……だからこそ」
ベアトリスはアヌシュカを真っ直ぐ見た。
「お前のような子どもを犠牲にして平穏を得るなど……私は耐えられないのよ。シルヴィナの計画が分かっているのに……」
(奴があの子を利用するのは必然。私は阻止できない)
「聖女なんて肩書きを押しつけられたのも気に食わないわ!私は単なる邪視の魔女なのに……」
(シルヴィナのやり方はいつも気に障る)
「とにかく」
ベアトリスは乱暴に自身が身に付けていた腕輪を投げつけた。
「生き残りなさい!お前を失えばユーフェミアも悲しむ。この私だって……」
(贖罪の道半ばで終わらせたくない、この子が死地に向かうならば――)
アヌシュカはその言葉の重さを受け止めきれず困惑した。
「でも……」
「言う通りにしなさい!」
ベアトリスが怒鳴った時、遠くゼフェスゾームの山頂が微かに揺らめいた。
ベアトリスは舌打ちした。
「……始まるわ」
(あの女が次の一手を打つ前に……私も覚悟を決めないといけないわね)
+++++
その機会を刻一刻と待っていた。
大司教たちが最後の村を過ぎると、ついに彼らの眼前に目的の山脈が現れた。霧に覆われたその頂きは、まるで彼らを拒んでいるかのように見えなかった。逆に歓迎されているように見えていた。
数名逸れたが、神の試練に耐えられなかったのだろう。
――実際は、大司教と聖女マリエラの痴態も在って疑心暗鬼に陥り、魔女の暗示が切れた。結果、ゼフェスゾームの山脈に眠る『ナニカ』を恐れた彼らは踵を返し、魔塔の魔術師らに捕獲されたのだが。
大司教と神官達は勝利を確信し、雄叫びを上げる。
「おお、これこそ我々のための舞台!」
大司教は叫んだ。
「今こそ我らが使命を果たす時だ!」
「「「おぉぉっ!」」」
神官たちは口々に声を上げた。
その様子を見て、マリエラは不敵な笑みを浮かべた。
これで私は真の聖女になれる。
皆から祝福されて贅沢三昧な生活ができるんだ。
そう思った矢先だった。
大司教とマリエラが封印を解いた時。
突然、大地が揺れ始めた。
激しい振動と共に、耳を劈くような轟音が響き渡る。
「な、なんだ?」
大司教が慌てふためく中、突如として目の前の地面が割れた。
そこからギョロリと覗くのは、巨大な目だった。
ゼフェスゾームの山脈自体が魔王を封じる神そのもの。
その目を見た瞬間、疫病が全身を覆い、神官たちは狂死した。
しかし、大司教とマリエラの意識は保ったまま。
【狂死なんて、許さない。同胞を殺しても何とも思わない傲慢な心のまま、永劫終わらぬ地獄へ堕ちろ】
二人の身体は腐臭を撒き散らしながら、神官たちの腐肉と共に魔王の口へと吸い込まれていった。
血肉を欲する真なる魔王に捕食され、彼らは永劫真なる魔王の胎の中。
彼が喰らった者たちに貪り食われ再生し、転生も許されぬ状態になる。
その様子を上空から観測する者が、一人。
「やあ、我が君。貴方を希う眷属が、貴方を再び深き眠りにつかせましょう」
バーンベルク女侯爵が微笑みながら、ゼフェスゾームの山脈に向かって手を翳す。
その身体は巨躯の白銀の龍となり、雷光を纏うその身体から幾重もの雷の槍が穿たれ神ごと暴れようとする真なる魔王を穿つ。しかしそれでは足りず、暴れ出そうとしたその時。
シュトラゾームの眷属達が弩級の攻撃を叩き込む。
一瞬でも真なる魔王を停止させねば結界も張りようがない。
更に鏡の精霊の加護の発動のもと、真なる魔王に『死』と『呪縛』が降りかかる。
ソレにあがくように、真なる魔王は疫病を振りまいた。
そしてその始まりの魔力は多くの魔物を暴走させる。
世界終焉の序章が鳴り響いた。




