70.冥婚の儀④
シルヴィナの高揚した様子にエヴァンスは若干呆れていた。
『いやー、夢の世界と現実世界を固定しないといけないし、あんまり動けないとはいえさ。
息子と未来の娘が、私の背中の上で愛を確かめ合うとは思わなかったよ。
というか、初めての経験だね。
絶妙に建築物に遮られてその様子が見られなかったのは残念だけど。
でも、心がほわほわして心地いいよ。うーん、寿命が10年延びたかも』
「…式の前でそれですか。式の際はどうなる事やら」
『20年加算されて延びそう』
「そういうものだとしても、気分屋過ぎる」
『折れても補修できれば問題ないのだよ?まあ、家族以外には言わないけれど』
尚、これまでの会話はシルヴィナとエヴァンスの念話である。
(愚弟にも後で念話のコツを教えよう。今までの押しの強さの半分でも出してもらわなければ義妹が可哀想だ。
……あと、父に母との子作りを勧めよう。母の延命には絶望の反転で希望があれば良い事が分かった。
一人の女性と見ている節があるせいか、父も子作りに及び腰だが母の気分屋には困るのだ。
…どれだけ父が延命出来ないかと悩み倒したことか。
父には母がその気になるように、蝉ドンで墜としてもらうか。エレシュカ先代『侯爵』もそれで堕ちたし、やってもらおう)
この提案でシルヴィナの力が全盛期に戻ることを、エヴァンスは知らない。
エルル第二王女の結婚式、当日。
その壮麗な『一夜城』の中で、エルル第二王女と諸侯王・序列『君主』兼死の最上位精霊ヒルベルテ様の冥婚の儀が始まりました。
黒いヴェールと銀糸の刺繡があしらわれたドレスに身を包んだエルル第二王女殿下は、かつての悲劇から脱却したような晴れやかな表情でした。
隣には同じ色調の礼服に身を包んだヒルベルテ様。二人を祝福するように虹彩が乱反射する結晶の屋内には、王家関係者、500人の聖女が集っています。
友好国からの使者も…と言いたいところですが、大聖堂破壊している上に上空に雷光弾けるシルヴィナ様が居ますからね。
ヴィルヘルム様やフォクス様たちが使者も兼ねています。
神父役を務めるのは教皇復権の儀を終えたローレル司教様です。
…やはりと言いますか、強烈な『死』の呪いがローレル教皇に降りかかっています。
僕やそれを視認できる全ての聖女が全力で呪いを鎮めます。
…静かな戦いが勃発中です。
祭壇に立つヒルベルテ様が口を開かいても声が出ないことに、聖堂内の空気が一瞬固まりました。彼の唇は微かに震えながらも、言葉にならない何かを形作ろうとしているように見えるのですが。
小さく息を吸い込み、それでも声は出てこないのです。
指輪を持った右手が宙を彷徨っています。
その頬にエルル第二王女殿下はそっと触れました。
「大丈夫です、分かりますから」
ヒルベルテは微笑み、再びエルル第二王女殿下の左手を取り――震える指先で薬指に指輪を通した。
「貴方がわたくしにくれた愛の分だけ、わたくしが…伝えます」
ヒルベルテ様はエルル第二王女殿下に口付けを交わします。
声なき誓いが、そこに結実しました。
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ベアトリスはその冥婚の儀の様子を瞬き一つせずに凝視していた。
大切な友人たちを奪われた自身が、代々の聖女と教皇に無意識に掛けた死の呪い。
既にベアトリスから離れ自身にも如何にもならない死の呪いに、ローレルが苛まれるというのか。
ベアトリスはローレルに纏わりつく『死』を邪視で殺す。
それでも『死』は再び形作ってローレルを蝕もうとした。何度も、何度も。
(神よ。身勝手な魔女の願いを聞いてくれ)
ローレルから何も奪わないで。
祖父の所業を悔い、懸命に冤罪で処刑された者たちの為に戦った人に。
面と向かって邪視の魔女ベアトリス自身に祖父の罪を告白し、償いを申し出た者に。
あらゆる汚名を着てでもベアトリス達に誠心誠意謝った、愚かなほど優しい人に…。
老い先短い人生を、茨の道を踏むと決めた男に。
どうか、祝福を。
呪いにならない祝福を――。
「――誓います」
ベアトリスの祈りが届いたのかどうなのか。
「此度、冥婚の儀が執り行われましたことを宣言いたします」
ローレル教皇の、やや頼りない宣言と共に盛大な拍手喝采が起こった。
拍手喝采が響く中、邪視の魔女ベアトリスの両頬に涙が伝った。魔女としての研ぎ澄まされた感覚が告げる
───ローレル『教皇』から『死』の呪いが消えた事を。
「……良かった」
小さな呟きと嗚咽を押し殺すように、ユーフェミアとキリアンが彼女の肩を抱いた。
けれど。
(楽観視は出来ない)
王都セレイム…此処で現在に至るまで、どれだけの血が流れたか。
かの真なる魔王との決戦で、その染み込んだ悪意がどこに向かうかベアトリスは分かっている。
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会場の天井には星屑が舞い散るように光の精霊が煌めき、死者の魂を映す幻燈の舞台も整えられています。冥婚の儀の後に死者と生者が触れ合う稀有な『冥夜の宴』が始まります。
会場には聖女達中に居る『死霊使い』による演出が施され、死後の世界から来たヒルベルテ様と共に戦い亡くなられていた騎士団のご友人達の幽霊が続々と現れました。
シルヴィナ様の計らいで招待された騎士団のご遺族たちが、一夜だけの再会に涙を浮かべます。
勿論、ご友人たちも大喜びで、皆さんが手を取り踊ります。
そんなヒルベルテ様は、エルル第二王女殿下と楽しそうに踊ります。
……まだ、声が出ないヒルベルテ様ですが。
「ヒルベルテ、愛しています。貴方に出会えて、貴方に愛された事。
……貴方の全てが、わたくしの生きる理由です」
エルル第二王女殿下は語りかけ続けます。
その幸せそうな微笑みが、僕には眩しく見えました。
…というか、ヒルベルテ様号泣しっぱなしです。その様子を見て、エルル第二王女はクスクス笑います。
「……泣かないで、愛しいヒルベルテ」
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「こんなにも賑やかな死者との集いがあるのか」
「死者だって騒ぎたいときもある。この世で許された唯一の夜だからな」
「まあ、ヒルベルテだしなあ」
ヴィルヘルムとオルトスはそう言って笑う。
元はお互いヒルベルテを介した知人だったが、こうして酒を酌み交わすとは思わなかった。
エルルのオリーブグリーンの髪が揺れるたび光の粉が弾けて跳び、花嫁衣裳を更に神秘的に染めていく。
マーガレット王妃も涙ぐんでいた。
シルヴィナは…、隣に薄っすらと透明な人型の思念体で王妃の隣にいた。
意地でも見たかったらしいと、後でエヴァンスに聞いた。
この日のためにヴィオラやデイジー達と調整した守護精霊術陣が、二人の足元から祝福の光を迸らせる。ヒルベルテ様の冷たい体を温めるように光の粒が寄り添っていく。
「…おめでとう、ヒルベルテ」
「ああ、めでたい」
「いいのか、探し人と乾杯に行かなくて」
「道中に話は出来たからいい。…出来れば兄妹で一緒に暮らして欲しいんだけどなあ」
妹には元々神力があり、自身らを救ってくれた使用人を父親代わりに慕っているという。
故に妹は亡くなった使用人が眠る地の墓守に。兄は滅んだ生家の動向を知るべく冒険者となっている。
「せめて妹には安定した職に就かせたかったらしい。…あいつらしい」
「妹が聖女に選定されたなら、勇者の末裔に気付かれないか?」
「年齢も名前も偽装しているから問題ないだろ。…ま、今はダチの祝福をしよう」
「……そうだな」
この瞬間のために、精霊が集まり祝福してくれる。
死者の宴が終わると、本来の予定通り各出身地に戻り戦いに備える。
今だけは、己が待ち焦がれた友の晴れ舞台を妻と祝おうではないか。
尚、シルヴィナは夫の蝉ドンで堕ちた模様




