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「お前を愛するつもりはない」そう言った呪われた英雄辺境伯に、売られた令嬢は咄嗟に蝉ドンしてみた~魔王殺しの英雄と魔王令嬢の物語~  作者: 桃緑茶


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64.憤怒のエヴァンスと夢の記憶①

「シルヴィナ、王都に向かってくれないかい?」

「大至急で。それか、『侯爵(魔王)』の権限を一時的で良いので私に下さい」

最も損害を負ったバーンベルク騎士団や、魔障による負傷で領主が不在のゼフェスゾーム辺境領の立て直しに追われている頃。

気だるげにソファに寝転ぶシルヴィナに声を掛けたのは夫と長男。

「……珍しい。野心?」

「いいや、君が腑抜けになれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「耄碌しないで下さい。…()()()()()()()()()()()()()()

そう言ってエヴァンスはシルヴィナの胸元にそれを投げた。

「…タッセル?」

その組紐に装丁された石は現在進行形でビシビシとひび割れている。

「ヒルベルテが僕とエヴァンスに贈ったものだよ。最初はけたたましい音だった。

同じタイミングで、()()()()()()()()()()()

「全くもって不可解です。――魂を引き抜かれ損傷した。

この世界に居ないにもかかわらず、愚弟はやかましく義妹の危機を案じている」

「シルヴィナ、行きなさい。僕らの未来の娘が危ないのだと思う。

王女であっても、あの子は16歳の女の子だ。…支えが必要だよ」

「行かないならば、『王』の権限ごと。…叙爵の決闘を申し込んででも、貰い受ける」


「――義妹。…エルル」

「私のような語彙になってどうするんですか」

「…ふっ。お前に言われるとはね。…貨物用の移送方陣で直接王都に向かう。

――留守は任せた」


やっと母の目に生気が戻った。

「…沢山話すと、疲れる」

(さて、母の代理で自領を纏めねば)

「僕も補助する。これでもシルヴィナに鍛えられたからね」

「……」

「これから、義妹(エルルさん)を護っていけばいい。バーンベルク侯爵家を舐めている連中の目を覚まさせよう」

「はい」

父に肩を叩かれるエヴァンス。…未来の義妹(いもうと)と、もう少し交流すれば良かった。

こういう時に頼りにならない自身に腹が立つ。


+++++


彼が守った人だから、拒まなかった。

シルヴィナの心の声は相変わらず聞こえない。それがむしろ静かで、少し安心した。

(優しい貴方は…この方が死に…世界が混乱する未来を…回避したのかしら…)


魔獣の渓谷の防衛地点ゼフェスゾーム辺境領と、魔物との戦闘経験も多い練度の高いバーンベルク騎士団の壊滅。

神の腹心シュトラゾームの封印から諸侯王『君主』が召喚された事。

思考が鈍るエルルにも『侯爵』シルヴィナが消えれば、どれ程世界が混乱するかは分かる。

けれど――

(貴方が居ないのは、苦しい)


一度決めたことを実行しようとした。

自死を選ぶほど錯乱するエルルを、シルヴィナは欠損した腕も使って抱き止めた。

エルルを『未来の娘』と呼ぶ彼女の前で、初めて泣いた。

ヒルベルテを救えない力は要らないと、子供のように泣いた。


シルヴィナは黙ってエルルが全ての言葉を吐き出すのを聞き、エルルの願いを叶えると告げた。

「あの子は諸侯王の端くれ。…貴女を護る最善の未来の為に、私を生かした。

馬鹿息子(ヒルベルテ)が戻ってくるまで、貴女にクソったれの一人も近づけさせない」

エルルを失った腕の分まで強く抱きしめ、そう告げた。

「ヒルベルテは絶対にあなたの元へ連れ戻す。ビンタの一つ、くれてやるといい」

「…お義母さまが沢山怒っているので、わたくしが出る幕があるかしら」

「ふふッ、一か所くらいは無傷の部分を残さないとね」


+++++


エヴァンスはガリッガリッゴリッと手紙をしたためる。

その顔は悪鬼そのものだった。顔にビキビキと血管が浮き出た形相で、殺戮の波動は部屋の空気が歪む。

母から義妹が自死未遂を起こしたこと。

そして義妹(エルル)の『心眼』が暴走して得た情報の一部を送られた。

あのようなおぞましいものを見せられた義妹に、寄り添えぬ自身の交流の不得手(コミュ障)が腹立たしい。


「……………………愚弟め」


28本目のペンが、へし折れた。

サリナは夫の激しい怒りを汲んでおり、そっと追加のペンを差し出した。

義父は怒りを露にする息子へ嫁を近寄らせることを躊躇したが、サリナが申し出た。

「わたくしも…お手伝いしたいのです。旦那様はお怒りになったお姿を…わたくしにはお見せしたくないかもしれませんが、余程の事があったのでしょう。

…お義父様、教えてください。旦那様を支えたいのです」


怒りで沸騰する夫はティーカップを握力で粉砕してしまうので、クールダウンの為サリナの手ずからハーブティーを飲ませた。

「すまぬ」

「いいえ」

そして、再び文を『人数分』書き始める。


弟のヒルベルテを死後も侮辱され、義理の妹君となるエルルを自死寸前まで追い詰めた者たちへ、夫は激しく怒っている。

王女殿下とはサリナも幾らか交流はあった。

本当に仲睦まじい、未来の弟夫婦をささやかに応援していた。


愚弟と呟くが、夫はきちんと弟君を愛している。

「旦那様。…こちらは、わざわざ訂正しなくともよろしいかと」

「……………ふむ」

「わたくしも愛する人を失ったエルル様へ、どう寄り添うべきか考えます。

…旦那様、未来の義妹(いもうと)様を支えましょう。…お手伝い、します」

エヴァンスは眉間の皺が少し解れ、頷いた。

サリナも、優しい彼らをないがしろにする者たちへ怒っている。


なので、エヴァンスが筆圧でペンをへし折って手紙に穴が開こうと、手紙を折る際に力を込めて皺になろうと、拳を握りしめて血が滴ろうと、インクを飛散しても構わず、その手紙を次々に封蠟した。

――夫の意向(エヴァンスの憤怒)は十分に通じるだろうから。


内容は…()()()()()()()()()()()()()()()

ただし、エヴァンスの怒りが載ったソレは、エルル第二王女の婚約者の座を狙う貴族や他国の王族貴族への痛烈な警告だった。

穴が開き、破れ、血かインクが飛散した、()()()()()()()

手紙の差出人の感情がダイレクトに伝わってくる。


特に、過去に義妹を陰で値踏みした公爵家を主とした手紙だが。

配達人は届けた瞬間気を失い、受け取った家令は失禁、公爵に至ってはブルブルと震える手で開封した瞬間に王都で公開処刑として拷問を受ける幻覚に苛まれる。

倒れる公爵を助け起こそうとした令息もその落ちた手紙を見た瞬間、泣きながら怯えた。


他の家も似たような事が起きた。

どういう訳か、手紙の向こうで悪鬼の形相と化したバーンベルク小侯爵と、魔王討伐で戦死した英傑たちの亡霊を見る、集団幻覚が発生した。


国王の元には、『バーンベルク小侯爵の意向に従って下さいお願いします』と多くの嘆願書が送られた。

王自身も小侯爵からの王へ宛てた手紙に困惑していた。


『祝』


これだけ。これだけ書かれて送られたのだ。…明らかに憤怒の筆圧でインクが飛散した、この一文字が送られた。


どういうことだ。いっそ、『呪』の方が抗議文と受け取れる。


バーンベルク女侯爵に聞いてみたが…。

「その文面通りだろうね」

そう返されて終わった。


+++++


エルルに不可解なことが起きた。

(…?)

シルヴィナに自死を止められた翌日。

今まで視えていた心の声が一切視えない。聞こえない。

治癒や浄化の祝福も使えなくなっていた。

教会で『心眼』を介した視たものも、多くは靄が掛かったように思い出せない。


――これは、シルヴィナがエルルを蝕む、祝福の権限と負の感情を取り除いたからだが。


更には、エルルの意向そっちのけで送られてきた、次期婚約者の要請がピタリと止まった。

これについてはエヴァンスから手紙を貰った。


『未来の義妹へ。

貴女の障害になるものは取り除く。頼りにならぬ義理の兄だが、困ったことがあれば連絡を求む。なるべく対処する。

サリナも力になる故、どうか身構えないで欲しい。

――エヴァンス・バーンベルク』


(エヴァンス様…綺麗な文字を書くのね)

意外な一面に、不思議と心が穏やかになる。

何となく、不器用ながらエルルを気遣って、未来の義姉と言葉を選ぶエヴァンスを想像して、少し心が軽くなった。


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