62.『心眼』のエルル第二王女とヒルベルテ侯爵令息②
どう打ち明けてよいか分からず、ヒルベルテに問いかけた。
「ヒルベルテ。…もし、人の心が聞こえたり、視えるようになったら、どうしますか?」
我ながら、ずるい言い方だと思う。
それでも、正直に言って嫌われるのが怖かった。
「人の心が読めるようになったらか…。エルルが困ったことがあったら、いくらでも相談に乗れるな‼
…あ、でも女の子のプライベートがあるよな?デリケートな所を覗くのは失礼だし、俺の事が嫌になる?」
『何か心配ごととかあるのかなあ……俺に隠しているみたいだけど。
心が読める場合、か。知られたくない事がある時は…文通なら負担じゃなくなるかな?
俺は読まれて困ることはないけど、女の子は女の子の悩みがあるよな?よし、俺は味方だって伝えよう。頼れる騎士だって証明しよう』
真剣に心が読めた場合、エルルをどうやって思いやって交流するかを考えるヒルベルテ。
「俺はエルルの味方だ。もし、辛いことがあるなら何時でも相談して欲しい。エルルが泣いていたら、俺は悲しい」
『エルルには心から笑っていて欲しいなあ。俺の力不足で悲しませたくない』
外の声も心の声も、何処までもエルルへの優しさと愛情で満ちているヒルベルテ。
エルルは『心眼』を持ってから初めて、自然に笑えた気がした。
そして、不意に口に出していた。
「わたくしの目は、人の心が見えてしまいます」
「え?」
『なら――』
ヒルベルテの心の声の続きが怖かった。思わず身体を強張らせる。
気持ち悪いと言われるだろうか。怖いと、遠ざかってしまうだろうか。
が――
『俺が爺ちゃんになって、喋れなくなってもエルルには俺の愛を伝えられるな‼最高‼』
――エルルの悩みの斜め上の答えが出た。
あまりに強い感情の為か、老夫婦になった自分たちのイメージ映像が流れ込んでくる。
おばあちゃんになった自分へ、皺だらけの優しい眼をしっかり向けて……。
『君は何時だって美しい』『愛している』
「ふあッ!?」
恥ずかしさのあまり、思わず口に出していた。
「怖くないのですか?わたくしに心を読まれて、気持ち悪いと思いませんか?」
「全っ然‼」
即答だった。
「俺の母上も『心の声聞こえた!?』って位鋭いよ。他にも真偽を見抜ける、物凄く勘の鋭い人は割といる。
エルルは読む力が強くて、それを制御出来ないから不安なのかな?」
「えっ?……そう、ですね。視界に捉えた沢山の人の…嫌な声が聞こえるので、混乱します」
「そっか、王女だしな。肩書ですり寄る連中を相手にするのはしんどいよなぁ。
じゃあ力に慣れるまで、集中して俺を見ていればいい。それか母上ね。
母上は女侯爵だしそういう場で見ていても不自然じゃないし、心を律するのに長けているから負担じゃない。
俺はエルルが好きってことばかり考えているし、良くない噂の奴がすり寄って来たら俺がフォローする。
――兄貴が社交に積極的なら、虫よけになるんだけどなぁ」
『兄貴、無口でだけれど根は優しいし。二重に真逆の声を聞くことはないだろ』
まさか、こんなにも真剣にエルルの力について考えてくれるとは思わなかった。
「…そうだな、エルルが特別な力に付いて話してくれたなら、俺の力も教えておくよ。
俺、未来が見えるんだ。…3秒後の、だけど。
うーん、ちょっと大変な力かな?」
『…ちょっと面倒な能力なんだよなあ』
「ヒルベルテも力に困っているのですか?」
そんな素振りは全くなかったので、エルルは驚いた。
「まあ、少しね。3秒見て終わりじゃなくて、継続されるから。
3秒後の未来の俺から更に3秒後の俺、それまた3秒後って未来の情報の際限がないんだよ。
しかも未来って確定していないから物凄く枝分かれしているし。
だから、脳の並列化で3秒後の未来予知の処理はしている。基本は聞き流しているけど」
情報を適度に処理する。
その言葉にエルルはストンと、心が軽くなる感覚を覚えた。
「わたくし…無意識に全てを受け止めようとしていたのかしら?」
「そうかも。エルルは俺と違って真面目だし、真剣に自分の力と向き合っていたんじゃないかな?」
「ヒルベルテは聡明ですけれど…、ヒルベルテは未来を知りたいとは思わないの?」
「未来は自分で切り開くものだし、勝手に変化するから、敢えて見なくてもいいかなって。別にそれで問題ないし」
『エルルに振られる未来を見た時は、三日三晩泣いたもん。ヤダよ、絶対エルルに好きって言ってもらうもん』
エルルはこの時、初めて心から笑った気がした。
ヒルベルテの屈託のない笑顔と言葉、エルルを大切にしたいという想いに、胸の蟠りが解けていくのを感じた。
「わたくし……ずっと苦しいのが、辛かったです。
母に打ち明けてから、誰も信じられなくなって……。この力を嫌っているのも、確かです」
「うん」
「でも、ヒルベルテの前では心から笑えます。この力と向き合えるかもしれないと、希望をくれた貴方を尊敬しています。
わたくし、ヒルベルテが好きです」
「……ありがとう。エルルはエルルだ。その力の有無は関係ないだろ?だってこんなに賢くて優しくて可愛い‼」
『振られる未来に打ち勝った!好きって言われて嬉しい!』
彼の屈託ない言葉は、どれ程エルルを救うことか。
『寧ろ死ぬまで『愛している』を伝える方法を手に入れた‼エルルに好きって言われたヒャッホ―――ッ‼』
あまりにも直球な言葉だった。
「ふふッ、もう、どんなテンションですか。
わたくし、貴方の熱意に負けました。…好きですよ、ヒルベルテ」
「うん‼でも、エルルにサプライズは効かないってのは残念‼
だから、心の分まで外にも愛情出していくからなッ‼覚悟してろよ‼」
「…クスッ。フフッ…アハハッ……」
ビシッと指を突き付けて宣言するヒルベルテが可笑しくて。
悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなって。
エルルは気付けば笑いながら泣いていた。
それ以来、エルルにとってヒルベルテは太陽だった。
雲のように暗く深い思いを、その光で消して温めてくれるような存在。
そんな彼が、エルルは好きだった。
何時しか、『心眼』の制御もある程度出来るようになった時、ヒルベルテは小さなオレンジの魔石と蓮華をモチーフに装飾されたブレスレットをくれた。
「綺麗…」
「これはエルルの祝福を制御できる魔道具なんだ。母上が伝手を使って、初めて顔合わせした時には発注していた。ただ…。
本人の心が安定していないと効果は薄いだろうって、渡すのが遅くなった。ごめん」
『母上エルルの事情知っていたのか…。いや、勘が良いから察したんだろうな。だからエルルの好きな色とか俺に聞いたのか、母上だけサプライズ成功させるとかちょっと酷い。
けど、これでエルルの悩みが減るなら良いかー』
「ふふッ。ヒルベルテとお義母様の贈り物、とても嬉しいわ」
以降は社交界も苦ではなくなった。
ヒルベルテが婚約者となって8年間。彼が傍に居るから、安心できた。
彼の父も穏やかな人で、裏表が無い。
お兄さんのエヴァンス様は無口で挨拶もそこそこに立ち去ってしまうけれど。
『未来の義妹か。顔色良し』
『星話集を好むのだったな』
口数は少ないけれど、エルルの好みを心の中で考えている。
それと、彼が立ち寄った後の侯爵邸の図書館は、エルルが取りやすい場所に好みの本が並べられている。
「兄貴は婚約者第一だけど、エルルを歓迎しているみたいだ」
『未来の義妹に優しくしたいんだろうけど、分かりにくいんだよなぁ』
彼が自領に戻っても、会うのが楽しみだった。
バーンベルク侯爵領の祭りでは一緒に踊り、彼の友人である隣領の若き辺境伯も強制加入させて踊って楽しかった。
けれど、バーンベルク侯爵家の特異性を曲解して、あらぬ疑いを掛ける者もいた。




