60.聖女たちの情報交換④
「あ、そうだ。これを皆さんに」
思い出したようにデイジーさんは二つに畳まれた小さな板をくれました。
「何でしょうか」
「ベルさん…邪視の魔女ベアトリスさんの『邪視』です。写真にしてベルさんが突貫で加工したものです」
ピシッ
ヴィルヘルム様とフォクス様は硬直しました。
「ベアトリス様とは…司教様が涙を流していた、魔女の方ですか?
ご友人の為に過ちを侵し、ずっと悔いているという…」
「ええ。ベルさんの邪視は相手の殺意を本人に返し死を与えます。…暴走する魔獣対策に最適かと。もし彼女の邪視が必要な場面――魔獣や魔王に遭遇する事があったら、相手にこれを開いてください。護身用になります」
「なるほど……。ありがとうございます。頼りにさせていただきます」
サリナ様は、そう言って微笑んで受け取りました。
けど。
「何故そんなものを配布できるのですか!?」
「呪物じゃねえか!?」
二人とも、同時に叫びました。
「えーと……。何か不具合があるのでしょうか?」
「アヌシュカ様…、その…瞳術とは繊細なものです…ましてや相手を殺す邪視など…」
「ああ、私の鏡の精霊の加護でベルさんの瞳を写真にしました。パシャリと」
「え?見たんですか!?邪視を!?」
「見ずに撮る訳ないじゃないですかー。ちゃんと邪視モードでお願いしましたし、簡易ですが試して問題なかったです。あ、ベルさんとユフィも一緒に自撮りしましたよ。お礼に」
この短期間でなんてもの作っているんですか。
「え、えー…邪視の魔女と自撮り…、凄いな、おい」
「ベルさんの要望でしたけど、私もあれこれ口を挟みましたし。
…で、それをベアトリスさんがコンパクトサイズに加工しました。あ、開けられない状態でも相手の殺意や、所有者の死の気配に反応して開く仕掛けも付いています」
その辺りは流石邪視の魔女です。高性能です。
でも、デイジーさん。ちょっと危なっかしい発言がありました。
「その…、ベアトリス様に殺意向けたんですか?」
「アハハ―。私はどうもそういうのは苦手なんですよアヌシュカさん。
なので、シルヴィナ様に本気モードの殺意お願いしましたよ?試作のテストで」
「おい、神の腹心の眷属で試すな」
「母も何て事を…」
「だって、ヴィルヘルムさんエヴァンスさん。敵は下手するとシルヴィナ様以上でしょう?
効果が保証できるか試したいって言ったら、了承してくれましたし。
亜空間?に転移して本気モードをしてくれました。証人に聖女のクローブさんとベルさんにもテスト確認していますのでバッチリです」
でないと配布しません、とデイジーさんはハッキリ言いますが…。
デイジーさん…やる事が豪胆です。あと、巻き込まれたクローブさん達が不憫です。
「古代魔法と近代魔法の融合でちょっとワクワクしました。…あ、私は魔道具くらいしか使えないので精霊さんのお陰ですねー」
「少しは危機感を持って下さい」
「神話クラスの存在に試作品のテスト…」
フォクス様もヴィルヘルム様もデイジーさんの行動力に呆れています。
ですが、物凄い機転の良さです。
「確かに、戦いに不向きな者や、前線で戦う者にもかなり有効な魔道具だな。…制限は?」
「あまり強力な相手だと一回で壊れます。本気のシルヴィナ様で試したので目安ですけど。
自動修復に3分掛かりますが、対象の意識を一時的に…20秒程刈り取るくらいは出来るので……」
「20秒…。強者との戦闘では十分すぎる恩恵ですね」
「この短時間でこれ程の高性能な代物を…。失言を詫びよう。
それなら、使いどころは間違わないようにしないといけないな。危険な相手に使うのは最終手段か……。だが、ありがたい。――礼を言う」
そうヴィルヘルム様は呟いていました。
「こういう方を、天才と言うのでしょうか」
「アレはただの馬鹿だ、サリナ。…母に本気で殺意を向けろとのたまうとは」
「あ、本気のシルヴィナ様の写真も撮りました‼カッコイイですよ!?
お願いの代わりに頼まれごとされましたけど、ほんとに感動しました‼」
…僕の語彙力では、デイジーさんをどう表現して良いのか分かりません。
ふと、真顔になってデイジーさんは説明を続けます。
「…ただ、高位の諸侯王はこういう即死系に耐性を持っていますので、動きを止めるのが精一杯です。
二回目以降は対策されてその対象には効きません。ベルさん本人が直接邪視を掛けるか、付与を再度掛ける必要があります。…前者はベルさんの負荷がキツイでしょうね。
うーん、私の鏡の精霊の加護で、事前に山脈に色々設置してもいいかもしれないですね」
「ていうか、そこまで分析できるのなら、魔道具技師になれるのではないですか?」
「宮廷魔術師もいけるだろ。研究職の」
「えー。私は外であっちこっち調査に行く方が性に合っているんですよー。生活魔法くらいしか使えませんし、色んな景色を撮る方が良いです」
「勿体無いな、おい。予約が無ければうちで囲いたいわ」
「エヴァンス様―、ヴィルヘルム様に貞操帯一丁お願いしまーす」
「冗談です!」
+++++
おおよその情報は共有出来たので、解散としました。
宿に戻ると、エヴァンス様が旦那様に『主を護れぬとは騎士の練度が足りん』と告げ、ディル以下他の護衛騎士や旦那様と稽古で扱いていました。
「君を危険に晒してしまってすまなかった」
ボロボロの旦那様がそう告げました。
「いえ。ディルにも沢山謝られたのですが、クローブさんも混乱していたのだと思うのです」
「…聖女クローブの件は一旦保留だ。ただし、二度目はこちらも動かざるを得ない」
「……はい」
「これから王都セレイムで王女殿下の冥婚の儀へ旅立つ。…その休憩の間、エヴァンス殿が騎士たちをキッチリ稽古つけると」
「その…頑張って下さい」
「…ああ。しかし、意外だ。あんなに罵倒…ではなく、指導を行う小侯爵は初めて見た」
「旦那様。エヴァンス様は自分の事を義兄のように扱って構わないと僕に言いました」
「ゲホッ!?」
旦那様が咽ました。
背中をさすると、ようやく落ち着いたようです。
「何故、君にそのような‥‥‥」
「……。その。
…僕のような年の者が死地に行くのが嫌だと。戦うのは大人の役目だと言っていました。
‥‥‥自分にもしもの事があったら、辺境伯家がサリナ様の後ろ盾になって、守って欲しいとも」
「…そうか」
「あと…ヒルベルテ様の事を…。王女殿下を置いて死の決断をした事をとても怒っています。
『愚弟』と呼びますが見下している感じとかじゃなくて、『羨ましい』と言ったのは本音だと思います。
ご自身もヒルベルテ様と同じことになるのが不安で、せめて、サリナ様の心の拠り所になれるお友達を作ってあげたいと…考えているのだと思います。
口下手ですが、お優しい方のようです」
「…君の優しさの判定は甘いが……、――そうか。俺も気を引き締めて、彼のしごきを受けて立とう。
少しでも…ヒルベルテの兄君の不安を晴らしてみせよう」
「…はい」
「………。しかし、先を越されたか」
「?」
「その…。俺の事も、名で呼んではくれまいか?」
暫し、沈黙してしまいました。
「はい、旦那様。…あっ。…オルトス、様……?」
「…うん。少しずつ慣れればいい」
「すみません…」
「上目遣いで、頑張って俺の名前を呼ぶアヌシュカが可愛かった」
「はいはい、早くバーンベルク小侯爵の所に行ってください。滅茶苦茶怖い顔でこっちを見ていますよ」
「あれは喜んでいるだけだ」
「え。マジですか」




