57.聖女たちの情報交換①
エヴァンス様のご案内で中に入りました。
「アヌシュカ・ベルンシュタイン辺境伯夫人と申します。先日はお茶会に参加できず申し訳ありません」
僕はフォクス・フェイス子爵令嬢に会いますと、まず体調不良で挨拶が遅れたことを謝りました。
「いえ、お気になさらずに。大変な時期ですから仕方ありませんわ」
獣人とコボルトの住まう、バルバス二重王国の留学生、フォクス・フェイス子爵令嬢の蜂蜜を煮詰めたような金髪とふさふさの耳と尾がふわふわと揺らぎます。
「初めましてベルンシュタイン辺境伯夫人。今日は気兼ねなく話が出来ると嬉しいです」
そう言って中に案内してくれました。
「アヌシュカ様…ですか…?」
柔らかな白茶色の長い髪に青い瞳の優し気な女性が僕に話し掛けます。
ドレスの胸元に、ブルースターの押し花を装飾品にあつらえたタッセルがあしらわれています。
以前、僕がサリナ様へ贈ったものです。…エヴァンス様が怖かったので、気付くのに遅れましたが彼も胸元に付けています。…エヴァンス様、ちょっと得意気です。
「サリナ様でいらっしゃいます?」
「ええ、ええ…‼サリナ・バーンベルクです。…会えて嬉しいですわ、アヌシュカ様」
エヴァンス様の奥様のサリナ様です。お会いするのは初めてなのです。
「愛らしい奥様。その…抱擁しても良いですか?」
「はい」
柔らかい雰囲気の方です。抱きしめられた時、いい匂いがしました。
何か、その光景を口角が2ミリ上がってウムウムしながら、エヴァンス様が見つめていたそうです。
「本来ならば、わたくしが場を設けるべきだったのですが…」
次期とはいえ、侯爵夫人になりますからね。不安げです。
「いえいえ、お気になさらず。いくら聖女と云っても高位貴族の開催するお茶会ですと、萎縮する方も多いでしょう?
私は他国の子爵令嬢ですし、その辺り融通が利きますので」
「サリナは気に病むことない。…共和国の第三王子も特に何もしていないので」
椅子に座ってもぞもぞしているのは…グリンホルン共和国のヴィルヘルム第三王子ですか。脂汗掻いています。
アレ、でしょうか。…アレですね。
――サリナ殿と会うとき、義弟のヒルベルテすら貞操帯を付けさせられた。
エヴァンス様、容赦ないです。チ○○が痛いって小さく言っています。
あの、隣国の王子ですけど。いいんですか?…エヴァンス様の中ではいいんですね。
「旦那様が来られたので、外しても良いと思うのですが…」
サリナ様が困ったように話します。エヴァンス様、外す気無さそうです。
「…サリナ様。蝉ドンやっちゃって下さい」
「!!…ええ、お任せくださいっ」
その時でした。
「アヌシュカ様。…叔父に頼み込んで、彼らをお連れしたのです。
…貴女様の事が気掛かりだったようですので」
「あ…」
懐かしい人が現れました。
僕を庇ってリッツ伯爵に解雇された、執事さんやメイドさんたちが涙を浮かべていました。
「お嬢様‥‥‥いえ、奥様と、お呼びした方が良いですね‥‥‥」
「爺やさん。……僕は、爺やさんたちにはお嬢様と呼ばれた方が、しっくりきます」
「では、この場だけ。…お嬢様、お綺麗になられましたね」
「表情も明るくなっていますね…良かった…‼」
「お嬢様、可愛らしくなられて…よかったぁ‥‥‥」
爺やさんが僕の手を握って微笑みました。
けれど、その手は震えていました。
あの説明会は本当に困惑したことでしょう。
『逃げて欲しい』
『戦地に…危険な場所に行ってほしくない』
『幸せを壊したくない』
そんな思いがひしひしと伝わってきます。
事態が事態なので、皆さん…喉元まで出ている言葉を必死に堪えています。
「――爺やさん。僕のお話、聞いてくださいますか」
「…ええ、お嬢様」
僕はお話が上手くありません。
クローブさんの時のように、ちゃんと伝わるか分かりません。
それでも。
僕の『大したことない』という性質で、爺やさん達は不安になっています。
ちゃんと、お話しします。
「爺やさん。『僕』と言っても、ゼフェスゾーム辺境領の皆さんは、受け入れてくれました」
その場の悪意に流されているのではないと、お伝えします。
「旦那様もお怪我や心の傷でお辛いのに、僕を一番に案じてくれました。
最初は沢山のごはんが食べられませんでしたが、少しずつお料理を食べられるようになりました。料理長さんは色々工夫してくれます。
旦那様と一緒に食べるごはんは美味しいです」
もう一度、誰かと一緒のごはんが食べられていることを、お伝えします。
「使用人のダリアもカレンも良くしてくれます。ミュゲはお調子者ですが、働き者です。
領民のヴィオラさんは僕の為に元聖女から叩かれるのを、庇ったり怒ったりしてくれました。僕も聖女をガニマタ様と言って反撃しました。
あと、ローレル司教様は働き過ぎで心配です」
僕の代わりに怒ったり、泣いてくれる優しい人ばかりです。
ヴィオラさんが付いてくれていますが、本当に心配です。
「他の皆さんも、優しいです。…守りたい、です」
ベアトリス様のお話を聞いてから、僕が皆さんを守りたいのは魔王の務めだからかどうか、ちょっと分かりません。
それでも、優しい人たちを護りたいと思います。
「なので、僕はゼフェスゾームに帰ります。心配ばかりかけますが、僕が…決めた事です」
気付けば、爺やさんの手の震えは落ち着いていました。
「お嬢様…立派になられましたね…。
お嬢様が決めた事ならば、爺やは反対出来ません。
…くれぐれも、お身体を大事にしてくださいませ」
「はい。…爺やさんも」
メイドさんたちは涙ぐみながら、刺繡をくれました。
「バルバス二重王国に伝わる護符です。少しでもお力になればと…」
「…ありがとうございます。…嬉しいです」
本当に嬉しいのです。
――僕の気持ちが伝わっていると良いです。安心します。




