55.500人の聖女が発現した説明会④
シルヴィナ殿は厳しい眼差しで会場を見渡した。
顕現していた竜の尾や羽を全てしまうと、再び言葉を続ける。
その声は低く重く響く。
――あの広大な山脈が…真なる魔王と神の腹心?
あの魔王など比ではない悪意がなだれ込んでくる…。
オルトスは自領が正にその山の最も近い場所にあることに、内心動揺していた。
「ただし、何もせず傍観するならばお前たち自身も同じ末路になるだけだ。それでも……」
「護ります」
その時まで静かに倒れた司教を介抱していたアヌシュカが、声を振り絞って言った。
「僕は辺境伯夫人です。なので、領民を護ることが一番のお務めです。逃げません」
「‥‥‥そうだな。俺も、俺の妻も、強い」
オルトスも立ち上がり、その華奢な肩に手を置いた。
「君が領民を守るなら、俺も領民と君を護る」
「‥‥‥はい」
その言葉に会場内から拍手が起こり、皆の顔にも決意が浮かびました。
「そう来なくてはね!君たちはただの飾りじゃない!自分たちの意志で未来を切り開く存在なのだ!」
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「悪魔ですか、貴女は」
「実際諸侯王(魔王)だしねぇ」
オルトスは聖女たちが解散した後、シルヴィナに詰め寄った。
ちなみに、アヌシュカは他の聖女候補らと情報交換の為、延期になっていたフェイス子爵令嬢の元へ向かうそうだ。
「高齢のローレル司教を矢面に立てたのは、魔女狩り被害者たちの憎悪の緩衝材ですか」
可哀そうに。今も聖女ヴィオラの癒しの加護を受けているものの、無理が祟ったようで青い顔で眠っている。
「…三親等に魔女狩りの加害者が居て、今の教会の在り方に懐疑的。戦い方を知らない凡人故、地方に飛ばされたがね。
邪視の魔女や被害者たちへ心から悔恨の念を持ち、彼女の邪視すら通用しない善人。
その上、老い先短いから、そんな老人に集団で拳を振るおうにも誰も下せない。
…憎んだ連中と同じ事をした生き字引もいることだしね」
そう言いつつ、記憶球の一つを持ってニヤリと笑うシルヴィナ。
(まさか…ベアトリス殿の百十五年間の過ちと後悔か…!?)
「過去への憎悪が濃い連中にこれを流した。…泣いて、怒りが散るほどには効果があった。
――振るうべき拳は、その時振るってもらうさ」
「本当に、全部本当なのですか」
「あら、神の前で宣言したのに疑うのかい?」
「散々はぐらかされたので。…こんな腹黒な神の腹心の配下は初めて見ました」
「これでも結構制約多いのさ。精霊の加護が満ちに満ちたあの場だから宣誓しても問題なかった。言い回しだとか、その辺ザルになるからね」
抜け道使っているな、この女狐。
精霊を喰い殺した悪魔とは――人間の事だろう。
アヌシュカもそうだが、彼ら諸侯王は他人に誤解される言葉を平然と用いる位に、名称への関心が薄い。
「まあ、代替わりしたり、昔のこと過ぎて忘れて居たりする連中ばかりでね。
お前の妻もきっとそうさ。
まあ、諸侯王って括りにはなっている。それは間違いない」
「…あの広大な山脈が魔王そのもの……」
不思議ではあった。
ベルンシュタインという家名はあれど、オルトスの領地はゼフェスゾーム辺境領と呼ばれていた。
家名に変えないことを不思議には思ったが、変えようとする当主は不思議と居なかった。
潜在的な恐れか、敬意か。もしくは両方か。
「そう。あの通り、封印の範囲が大きいからね。一旦解除して張り直した方が良い」
「範囲が…とんでもないですね」
「張り直しは『公爵』ら上位のもので行う。『中立派』も前の文明のガチガチのパンを食わせた後に紅茶とシフォンケーキ食べさせたら協力するとさ」
「どんな取引ですか」
と、言うか。
本当にザックリと言ったなこの女狐。
恐らく、話していないことはまだあるのだろうが。
新たに判明したシルヴィナの事実に、動揺が強い。
「まあ、その分悪王派の『公爵』以上の連中が野放しになるから、お前たちが頑張りなさい」
「ヒルベルテを塵にした序列か‥‥‥」
「だから、『君主』ヒルベルテと王女エルルの冥婚式を挙げるのでしょう?
まあ、義娘の願いを叶えただけなのだけど」
「‥‥‥」
この老獪な女狐が余命宣告されていると、忘れてしまいそうになる。
「オルトス」
「何でしょう」
「私はね。王女の仮面を取って、我が領で笑う義理の娘とヒルベルテの笑顔が好き。
その息子が私を庇って、塵になって、消えて。…どうでも良くなった。
エルルが泣いている姿を見るまで、思考が止まっていた。
あの瞬間まで、時が止まっていたよ」
やるべき事を示した未来の娘に感謝している。
シルヴィナはそう告げた。
「我々は如何にも単純なのさ。エルルは、ヒルベルテと。
――私の為に泣いてくれた。それだけで十分さ。
で、だ。
お前さん、嫁は好きかい?」
ニヤニヤしている女侯爵に思わず沈黙した。
人の悪意を受け入れ、ベアトリスの過去に涙を流し続けたアヌシュカ。
ふと、気付いたことがある。
「何故、俺にあなた達の作戦を告げた。アヌシュカの『爵位』を考えれば、容赦なく利用するでしょう。貴女は」
「質問を質問で返すな。と、言いたいところだが――
純粋無垢な魔王を死地に送るつもりは無い。
お前がアヌシュカを妻と認識しているならば、きちんと示しなさい」
――一方、アヌシュカだが。
二人の聖女――馬番と魔王の、二人の男性の間に挟まれ困惑していた。




