54.500人の聖女が発現した説明会③
人々の声は混乱と疑念に満ちていました。司教様は改めて皆を見渡し、落ち着いた声で言葉を続けます。
「しかし、今は我々自身が真実に向き合う必要があります。これまでの誤りを正し、新たな未来を築くために…」
司教様が再び拡声器をシルヴィナ様へ渡します。
「ローレル司教のおっしゃった通りだ。邪視の魔女ベアトリスに己が祖父の行いを告げ、魔女の邪視をしかと見据え、百十五年分の彼女の怨嗟と向き合った。
此処にいる神官たちは、汚名を着ることを承知で全てを明らかにした。
我々も同じく、この現実を受け入れなくてはならない」
シルヴィナ様の言葉には、これまでにない重みがありました。
会場内の空気は依然重苦しく、簡単には信じられない雰囲気でした。それでもシルヴィナ様は毅然とした態度で話を続けました。
「君たちは神の定めた聖女ではない。が――」
その時。
シルヴィナ様の魔力が膨れ上がりました。
「ただの一介の侯爵が選んだと言っては、君たちも不安だろう。…故に、私の事を改めて紹介させていただく。
――私は邪悪な真なる魔王を封印し、神の腹心シュトラゾームが眷属。
悪なる魔王と共に天界から堕ちた主君に傅く諸侯王・序列『侯爵』シルヴィナ――真の名を…静かに激怒する雷竜と言う。
…私が君たちを選んだ。それだけさ」
一部だけ真の姿に戻したシルヴィナ様は、白銀の龍の翼と竜の尾を顕現させており、その尾は観客席を覆います。…いえ、突き抜けています。
現実世界に実体を干渉させていないものの、バチバチと息を呑む魔力を放つ雷光を帯びた、透けたその尾や翼はあまりに圧巻でした。
「こっちの姿で先の魔王討伐は出来なかった。私の魔力に呼応して真なる魔王の復活を早めるからね。
その際は魔王の精神を分断し平行世界と協力して倒したが…。これを真なる魔王にしようものなら、神の住まう天界もぶっ壊れる。
とはいえ、私も万全ではないし、エヴァンスもヒルベルテも半人半神と云った所だ。
よって、君たちに協力してもらわねば困る」
誰かがポツリと言いました。
「ヒルベルテ様が半神ならば…大司教は…エルル王女殿下欲しさに、彼を殺したのか…?
王女殿下との婚約を破棄しろ、穢れた魔族と…、面と向かって罵っていたぞ…?」
「神の山脈で魔王を解き放ち、神の眷属を殺した…嘘だろ……?」
「その魔王召喚に、神の山脈を純粋に礼拝した者たちを利用したそうです。
…神に見放されて然るべき行動ばかりを、人は成してしまった」
「そんな事したら……神の逆鱗に触れるんじゃ……。だから、神力減少は起きたのでは‥‥‥」
「だからこそ、アタシたちが人間の汚名を払しょくしないといけないんだ」
人々は自分たちが置かれている状況に、ただ呆然としていました。
しかし、聖女候補たちの中には、徐々に決意を固めた者たちも出てきました。
彼らの心の中で、恐れよりも使命感と責任感が芽生えた瞬間でした。
人々はざわめきましたが、次第に鎮まっていきました。
暫しの沈黙を破るように、シルヴィナ様が再度口を開きました。
「教会本部が意図的に聖女を造り出した頃から、弱った高位の精霊は悪魔に喰い殺され、乗っ取られていた。
神の意志を無視し続けた結果、神力減少は加速した。
君たちを改めて例えるならば精霊に愛される申し子。…そっちが適切だろうが、教会は長きにわたる我欲と隠蔽の結果、神の加護を失った。
人類は贖罪として、500人の聖女を聖女と扱うべきだ。
一人に権威を与えれば、碌なことに使わない。
神が信じて選んだ聖女が代々魔女狩りを先導したように。
皆で支え合いながら他者を重んじる聖女を目指しなさい」
+++++
僕は自分自身にも問いかけました。『僕が本当に聖女になれるだろうか?』という疑問です。…魔王なので。
しかし同時に、この新しい時代を皆さんと共に進んでいく覚悟が少しずつ形となって表れてきた瞬間でした。
「さて、聖女それぞれの役目について話す。
聖女に選ばれたからと言って全員が封印場所に向かうわけではない。
向かうのは聖女エヴァンスと、ヒルベルテ、その他数名。その護衛を兼ねて私が行く。
他の者は各々が能力に合った働きをしてほしい。
まあ、基本は自分たちの住まう土地を、家族を、友人を。
大切な人を守ることに集中すれば良い。授けられた能力を最大限活用することだ」
多くの方が違和感を覚えたのか、ざわつきました。
ヒルベルテ様は公式で死んでいますから。
「君たちには冥婚の儀に参加してもらう。魔王討伐で神と会話した際、望むものを問われた。
私はヒルベルテの死で自死寸前まで追い詰められたヒルベルテの婚約者の願いを叶える事にした。
生憎、ヒルベルテの肉体は魔王に塵にされた。よって、高位精霊として転生することで承諾した。
婚約者はエルル王女殿下だからね、死者との結婚に異議を唱える者もいる。
君たち聖女に協力してもらい、冥婚の儀とそれに続く祈りによってエルル王女殿下とヒルベルテの婚姻を祝福してもらう。
また、冥婚の儀と同時に婚礼も行うつもりだ」
シルヴィナ様がいったん区切ると、ローレル司教様は顔面蒼白になりました。
「我々教会の神官が‥‥‥王女殿下をそこまで追い詰めたのですか‥‥‥?」
「ああ、君たちに言ってなかったか?そうだよ、危うく拳銃自殺するところでね」
シルヴィナ様はサクッと答えました。
顔が真っ白になってそのまま気を失ったローレル司教様をエヴァンス様がすかさず支えます。
シルヴィナ様…司教様は89歳のおじい様何です…。ベアトリス様に命がけのお詫びをしたり、此処にいる皆さんに罵倒される覚悟を持って立っておられるのです…。
追撃はやめてください。教会の腐敗を正そうと辺境領に左遷されたおじいちゃん何です。このおじいちゃんは。
会場は静寂に包まれ…ずに、ヴィオラさんが競技場の柵を乗り越えてローレル司教様に駆け寄ります。
「司教サマ!今癒しの加護掛けるからね‼しっかりしなよ!?」
他にも駆け寄って治療を手伝う人がちらほらいました。僕もそれに続きます。
皆さん優しくて、人の痛みを想像できる方々ばかりだと思います。
シルヴィナ様はその光景を片隅に捉えて冷静に告げます。
「これが、私たちに出来る最大限の譲歩。我が子を殺され、義娘を自死まで追いやられ、人間に軽蔑したこの私に出来る、最大限の、だ。
ま、逃げても構わないよ、その代わりに世界は無くなるけどね。
――復活した巨大な魔王は厳密に言えば、この現実世界と夢の世界、死の世界、更には神の住まう天界の境界線全てを破壊し全ての世界に顕現する。
原始の混沌の時代に逆戻りさ。
…君たちの大切な者は、湧き出る悪意に苦しみ抜いて、神の元にも行けなくなる。人間の世界を護りたいのならば、足掻け。
そして私や神、全ての存在に人間の底力を証明しなさい」




