53.500人の聖女が発現した説明会②
「――その『魔女』に関する事で、教会の一神官として…皆様に償わなければなりません」
司教様がそう言葉を紡ぎますと、シルヴィナ様が声高く話し始めました。
「百十五年前の王都セレイムでの惨劇を知っているね?
おとぎ話にもなっていた位さ。
邪悪な魔女に討たれた哀れな聖女の物語だね。
だが、そのどれもが真実ではない。
邪視の魔女ベアトリスのような魔女を『真なる魔女』とも言う。
真なる魔女の総数は把握できるだけで約200人。
教会は…狩るならば、そのような魔女を狩るべきだった。
大抵は人間の破滅を好む面倒な存在だからね。
だが――
――教会が五百年前の間に、真なる魔女を狩った人数はたったの一桁。
五百年の間で処刑された10万人の魔女とされた者の中に、だ。
更に魔女の長は一度処刑したにも関わらず、今も健在。
この情報は真なる魔女ベアトリスが神に宣誓した上で語った。
未だに魔女ベアトリスに神の裁きは無いので真実である。
――そもそも、だ。
君たちの中の多くは被害者が真なる魔女ではないと知っている。
処刑された10万人の魔女とされた者は、いずれも。
…いずれも、現代では一般的な『ただの人間』だ。
神を敬う教会は、知識を持つ者たちや価値観の違いで、『ただの人間』と知っていながら教会の権威を脅かす者を『異端』として処刑した。
神自身が選定した聖女が、魔女狩りの陣頭指揮を執った。
聖女自身がそれを善とした」
シルヴィナ様は拡声器をローレル司教に渡します。
「教会本部にいた時、この古い手記を見つけました。
セレイムの惨劇を生き残った、魔女裁判に疑問を持ち…魔女とされた女性の処刑を止められなかった事を悔いた神官の物です。
教会の歴史とは全く関係のない、料理本の分類へ挟んでありました。
この方は…強い悔恨の念を持っていたので、ベアトリス様の邪視が効かなかったのでしょう。
あの惨劇の後、神の信託を受けた記述がありました。
――神は人間に。神を最も信仰する教会へ信託を告げた。
『もう、神が聖女を降臨させることは無い』と。…百十五年も前にそう告げられたのです。
‥‥‥大切な人たちを無惨に殺された、邪視の魔女の神へ向けた悲痛な叫びも記述されております。
『神よ。これがお前の望むことか。
これが人間を救う聖女の所業か。
人々を救いたい一人の人間にやることがこれか。
あらゆる苦しみと絶望を与えて殺すことがお前の望みか。
たった一人の母親から生まれたばかりの子供を奪うのがお前のやり方か』
――‥‥‥。
これを見つけた私には、邪視の魔女を『悪』とは思えなくなりました。
私の祖父はセレイムの惨劇で拷問執行官でした。
私は…私の祖父は…多くの善良なる人々を惨たらしく殺め、一人の女性に負うべきではない罪を負わせてしまった。」
遠目でも分かるほどに司教様はお身体を震わせ、嗚咽の混じった声となっていました。
「邪視の魔女は大切な人の為に…神へ怒りを向けていたのです。
神はその言葉を聞き、過ちをお認めになったのではないか?
――そのように記述されておりました。
…私もその記述に賛同いたしました。そして、神の御意思に反した聖女を選出することに異議を唱え、窓際に追いやられ…辺境領に左遷されました」
司教様のお言葉に、会場が静まり返ります。誰も声を上げず、ただ息を飲む音だけが聞こえます。
更に続けてハッキリと告げました。
「教会はその事実を隠蔽し続けてきました。神の名の元、無実の人間の魔女狩りを推し進め、邪視の魔女ベアトリス様に殺された聖女様…。いえ。
魔障の民間治療を編み出したベアトリス様のご友人を…惨たらしく殺した聖女は報いを受けました。
そして、彼女の代で神の代弁者の役目を終える事を恐れ…。
ただ、見目の良い純潔の乙女を聖女にと祀り上げた。
しかし今、真実は明るみに出されるべき時です。
我々は永きに渡り、教会の威信の為にと人々に知恵と恩恵を授けた方々や…。
美醜に囚われ、その方の人となりを知ろうともせず、魔女という『悪』を処刑することに固執してきました。
――五百年以上。皆様を騙し、苦しめ、汚名を着せ続けて来たことを、…どうか謝罪させて下さい」
神官様たちも全員深々と頭を下げました。
ベアトリス様を探してみましたが、席に居ませんでした。
会場の皆さんも同様に騒めいています。まさか、聖女が神の選んだものでは無かったとは思わなかったのだと思います。
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ユーフェミアは密かに席を立ったベアトリスを追った。
近くの通路で彼女は座り込んでいた。
「ベアル…」
「ローレルは愚か者だわ。
馬鹿じゃないの?あれ程、この私に殺意を向けられた癖に。
あれ程…魔女に気を付けろと言ったのに。
大馬鹿者。もうすぐ寿命が来るだろうに、汚名を着て生涯を終える気?
逆上して私刑をしてくるものが居てもおかしくないのに。
…とんだ愚か者だわ」
ベアトリスは震えたまま膝を抱えた。
「ベアル、それでも。あの司教様は約束を守ってくれた。
ひいおばあ様の無実を、公式の場で言ってくれた。
貴女に、とても酷いことをしたと、謝った」
ユーフェミアは屈んで彼女の背を撫でた。
「‥‥‥ユーフェミア、私はお前たちを優先して守るつもりだった。…けれど。
あのどうしようもなく優しい大馬鹿者を見捨てては、目覚めが悪い」
「うん…」
「ハッ、私も馬鹿になってやろう。…大司教の意志を継ぐものは潜伏している。
奴らの思想に反するローレルは真っ先に狙われる。…守ってやるか」
ベアトリスは神を憎んでいる。
しかし、歪みを正そうとその身を挺して戦うあの司教は嫌いではない。
「うん、ベアル。あの司教様は貴女やひいおばあ様に寄り添ってくれる人だよ。手助けしよう」
「うん……」
会場に戻ると、聖女候補たちは混乱していた。
「聖女は神によって選ばれたのではないのか?」
「百十五年前からは違うとは…?」
「聖女様が……ただの人間を……?!」
「…これはとんでもないスクープですね」
…デイジーだけは通常運転であるが。
「デイジー」
「おや、ベルさん。どうかしました?」
「…。お前の鏡の精霊の加護。…‥‥‥。こういう事は、可能?」
「うーむ。…。
はい、出来ますね。ただ、限定した効果にする場合、効力は込めた分だけ、術者のベルさんの魔力に呼応して継続。出力は一定。攻撃というより防御向きですね。そういう対策も考えていたんですか?」
「……お前の力を聞いて、応用を考えていた。あの男は高齢だ。長くはない命を……散らせるつもりはない」
「そうですか。……分かりました、私が持つ最大値をお貸ししましょう」
「助かる。今、やってくれる?」
「あの、スクープ…」
「残さない方が良い。後であの女が消すから。……後、別の使い方も試したい。それは後で伝える」
「女侯爵様はそういう人ですしねぇ」
渋々ながらデイジーはカメラを取り出す。
「古の魔女の魔法と近代の魔法…魔道具の応用にちょっとドキドキします」
「いいから早くしなさい」
「はぁい」
デイジーはカメラを向け、パシャリと写真を撮った。




