51.便所の聖女シャルロットと鏡の聖女デイジー③
※変態と悪魔(魔王)が出ますのでお気を付けください。
「ふむ、結界のそこかしこに綻びがあるね…」
「部分的な対処は限界に近い。…一度、結界を解く必要があるが‥‥‥」
「広範囲の時間停滞は無理。停滞場所に揺らぎが出る。部分的…人里のある場所を限定すれば如何にか5分は止められる」
「結界の展開にはその倍は欲しい。…『内部』がどれ程機能するかも問題ね。…私の能力で一時的に相殺も可能だが…」
「聖女の比じゃない負荷が掛かります。…デイジー達が泣きますよ」
「‥‥‥。お前、デイジーと会うたびに手紙を渡す、ピュアなやり取りは卒業した?」
「恋人になりました」
「展開が早すぎる。…花くらい贈って、改めて想いを伝えておきなさい」
「花はデイジーが送ってくれました」
「逆なのはどうかと思うけど…。あら、綺麗ね」
「調査や研究だと忙し過ぎて、満開のアーモンドの花は見られないだろうと。デイジーの写真と加護は優しい気持ちになります」
「ちゃんとお礼の返事しておきなさいね。…贈り物もね」
「はい」
+++++
ある日、バーンベルク女侯爵がやって来た。
(助かる!)
この際呪われていてもいい。あの平民女と自分を変態と交換してもらおう。
が、その希望は打ち砕かれた。
「暴力便所夫人を受け入れてくれて感謝するよ、伯爵」
バーンベルク女侯爵はシャルロットに見向きもせずに話を進めた。
衣服を着たまま四つん這いになったウンフェンコ伯爵の尻を、これまた衣服を着たままのバーンベルク女侯爵がヒールの高いブーツで踏んでいる。
呆然とするシャルロットを使用人が最新型便器に座らせた。
「こちらこそ、このような美しい女神にお会いできて光栄です…ッ」
「まったく君は変わらず熱烈だね……。それよりも例の件はどうなっている?」
「ええ、もちろん抜かりなく進めていますとも」
「よろしい。‥‥‥ところで、伯爵夫人の扱いは今まで通りで頼む。
もしも、彼女がベルンシュタイン辺境伯に妻の交換等と馬鹿な事を願い出たら――
彼女、とても困ったことになるんだ。…そうだねぇ。
シャルロット・フェカーリエン伯爵夫人が過去に、従妹にあたるアヌシュカ・ベルンシュタイン辺境伯夫人へ行った長年の虐待の告訴。
リッツ領使用人への虐待と、不当な解雇により発生した賃金未払いの正当な訴訟。
ピューロ男爵令嬢を骨折させた傷害事件の告訴。
聖女候補に暴行及び先代魔塔主への暴言での魔道具流通の停止による経済への打撃。
私はこれらを一気に進めていかねばならない」
「少なくとも、一国を買える金額ですね。妻には払えません」
これらを平然と話しているが、バーンベルク女侯爵もウンフェンコ伯爵も一糸乱れぬ着衣のまま。
女侯爵は四つん這いの伯爵に乗馬鞭でビシバシと連打を打ち据え、緩急の合間に鞭で打たれた傷をブーツで容赦なく踏む。
「そうなのだよ。なので、君にはしっかり手綱を握って貰わないと。
――君との婚約と結婚を条件に、少なくとも2件の被害者は示談に応じたのだから」
「はははっ、随分とお優しい方々だ」
「しかも、本来の賠償金の半額で良いと来た。…君との結婚が、シャルロット・フェカーリエン伯爵夫人を守っている。彼女の両親もね」
「ええ、素晴らしい妻で光栄です」
尚、ウンフェンコ伯爵が『着衣のまま』『興奮せずに』お仕置きを受けているのは、シルヴィナが命じたから。
『私も夫がいる身。君が嬌声を上げたり、障りが出来て興奮されては不貞になるだろう?
だから、君は平静を保って私の踏みつけや鞭を受けなさい。‥‥‥私からの命令、だ。
後の高揚は正妻に慰めてもらうといい』
女神からの『命令』に健気に従うウンフェンコ伯爵。
シャルロットが目の前の光景が理解できず、二人の話題に付いていけない。
「ま、君が離縁すれば君には関係なくなるがね。…その場合、暴力便所聖女見習いと敬遠されるシャルロット夫人には莫大な賠償金と長期の懲役が掛かるね。
ただ、離縁したら私が君を踏む事も無くなるよ」
「それは困ります」
「まあ、私も後三年程で次の後継に任せ、隠居する。その後は君と関わるのは次期後継者なので、その後は夫人の事は好きにするといい」
「はい!女神様‼後継とはエヴァンス小侯爵ですね。ああ、あの方の鋭い双眸と優れた手腕…ッ!踏まれてみたいものです」
「言っておくが、エヴァンスは愛妻家だし、私ほど寛容でもないから踏んでと言えば殺されるね。君のような有能な人材を失うのは惜しい。
まあ、面倒な娘を君に娶って貰った恩もある。話だけはしておこう」
「ありがとうございます、女神様っ」
ウンフェンコ伯爵としてはこんなに素晴らしい妻を手放すつもりは無いが、女神から『君がシャルロットと離縁するかしないかは、内緒だよ』と命令されている。
女神が隠居しても伯爵はその命令を生涯守り通すつもりだ。
シャルロットは呆然と立ち尽くすしかなかった。
衝撃的な出来事ばかりで思考が追い付かない。
分かるのは、この変態の夫と離縁しようものなら、一国を買える程の賠償金と懲役刑が科せられるという。破産と牢獄の未来。
‥‥‥この便所好きな夫と生涯一緒に居て、共に朽ち果てるしかない。
シャルロットは悟った。
自分が取り返しのつかない道を選んでしまったことを。
冨も財産も顔が良く爵位が在っても、便所好きな変態ではぶち壊しだ。
どんなに泣き叫んでも逃げることはできないということも。
そして、今日もまた一日が始まる。
嗚呼、なぜあの時に『暴力便所令嬢』などという不名誉極まりない呼び名を与えられてしまったのか……。
自分はどうして、呪われたベルンシュタイン辺境伯は嫌だと嘆いたのか。
出来損ないの叔父の娘、居候のアヌシュカの髪を掴んで倉庫から引きずり出して両親に勧めたのか。
あの出来損ないはシャルロットが鞭を振るおうが熱湯を掛けようが無表情だった。あの頃は優越感を感じていたのに。
『便所の精霊の加護を持つ者だからこそ分かり合える!』という、ウンフェンコ伯爵の陶酔しきった言葉が蘇り、シャルロットは泣きたくなるのを堪えた。
そして思う。
――自分の人生、一体どこから狂ってしまったんだろう?
一方でシャルロットはある種の諦めを感じていた。今更後戻りなどできないのだ。
彼女にできるのはただ受け入れることだけ。
こうしてシャルロット・フェカーリエン伯爵夫人の新しい生活が始まったのである……。
+++++
一方その頃。
ヴァイオレット商会では……。
編集部で、デイジーが『フェカーリエン伯爵家特集号』を執筆中であった。
「デイジー、フェカーリエン伯爵家の陰の生業は書くなよ。って言っても性癖が派手だからネタに困らないんだが……」
「は~~……書きませんよ、流石に」
フェカーリエン伯爵家は荒廃した土地も肥沃な大地にする質の高い肥料の他に、火薬などの製造も生業にしている。
バーンベルク女侯爵らが自領の戦力強化で買い付けに来ているのは暗黙の了解だ。
ここはその女侯爵の立ち上げた商会なのだから。
「しかし、よく伯爵のトイレ大好きマゾを知らずに結婚しましたねー。貴族の常識でしょう?」
「リッツ領も先代から禄でもなかったしなあ。その辺の『常識』を密かに弾かれていたらしい」
「…致命的ですねぇ」
彼女は肩を落としてため息をつくと、再びペンを手に取った。
「まあ、でも仕方ないですね。私なりに頑張って書くしかありませんッ」
「それにしても、この写真凄いな。まるで写真の中にいるみたいだ」
編集長は一枚の写真を眺めて言った。
「エヘヘ…綺麗でしょう?…クロさんもこの花吹雪が舞う光景を楽しめているみたいです。この間送った写真、クロさんの感想が返ってきたんですよ。忙しいでしょうに、髪留めもプレゼントされました」
「綺麗な細工ね~、対面式文通をいつまでするか心配だったけど良かったじゃない」
鏡の精霊に写真にすることで、風景を他者が見る事は可能か聞いてみた。
加護を持ったデイジーの行った場所なら現在の状況を投影できるようだ。
「まあ、人が写るとプライバシー諸々で良くないので、写真の角度は細心の注意を払わないといけませんね…」
情報収集に使えそうだが、精霊を悪用する感じがするので気が引ける。
「あ、編集長、記事書けましたよ」
「お、じゃあ、編集部員と、印刷班に声掛けろ。皆でお前と先代魔塔主の幸せ祈願パーティーしようぜ」
「もうっ、編集長ったら……。ありがとうございます。でも、いきなり告白ですからね、びっくりしました」
「研究一筋の男って奴は、その辺融通が利かないからな。まあ良かったじゃねえか」
「…研究で忙しいそうなので、今度行くデーヴァ領での景色も送ってあげようかなぁ」
聖女候補が集まるそうで、ユーフェミアと護衛を兼ねてキリアン、そしてベアトリスも行くという。
デイジーは嬉しそうに微笑んだ。
二人の幸せを祝福するように、窓の外ではアーモンドの花びらが舞っていた――。
後日、シルヴィナからウンフェンコ伯爵を踏めないか聞かれたエヴァンス小侯爵。
「…あの伯爵、死にたいのか?」
「嫌ならいいさ。ただ、彼の奥方は『サリナの友人であるアヌシュカ』を虐待していた女だよ。女としては変態でも旦那様が男に踏まれて悦に入るのは屈辱だろうね」
「‥‥‥ほう」
「おい、今回は私が母の代理だ。こんなものが良いのか?貴様」
「~~~~~~ッ!!!!」
「喚くな騒ぐな高揚するな。『命令』に背くな、従え」
「はい、もちろんでございます」
(‥‥‥これは現実?)




