50.便所の聖女シャルロットと鏡の聖女デイジー②
※変態が出ますのでご注意ください。
ウンフェンコ伯爵との婚約を即決した翌日には輿入れの準備が始まった。
顔色の悪い両親は「これで我が家も安泰だ」と涙ながらに喜び、シャルロットにはこれまで以上に贅沢なドレスや宝石を買い与えた。まさに天国のような日々。
輿入れ当日。馬車で丸二日かけて到着したフェカーリエン伯爵邸。
フェカーリエン伯爵邸での日々は最初こそ甘美なもの‥‥‥に、なるはずだった。
屋敷の中には、あのバーンベルク女侯爵の肖像画がでかでかと飾ってあった。
「伯爵様…これは…?」
「この女神は私の全てなのだよ」
以前は…美しい刺繍のタペストリーが掛かっていたはずだ。
考えがまとまらぬまま、シャルロットは庭園に案内された。
辿り着くまでに、女侯爵の肖像画や銅像が15、6作品は在ったと思う。
「シャルロット、これは私が愛する庭園だよ」
ウンフェンコ伯爵はシャルロットを豪華な温室へと案内した。
そこには珍しい花々や植物が所狭しと並べられている。
だがその中心に、ひとつの異質な空間があった。
「これは……」
シャルロットの視線の先にあるのは陶器製の便器だ。
周囲には様々な形態の便器が整然と展示されている。
まるで美術品のように輝くそれらを見て、彼女は絶句した。
「素晴らしいだろう?我がコレクションだ。女神の来訪の度に便器をあつらえて設置しているんだが…。
何と!女神は女神故!トイレをしないのだ!」
伯爵は嬉しそうに語る。
その目はどこか狂気じみていて、シャルロットの背筋を冷たいものが走った。
その中の便器の一つを撫でまわす。
「これは君との婚姻を打診した折、渋る私を女神がそのおみ足で踏み!初めて使った便器だ!
祖父も父の要望もやんわりと断って来た女神が‼遂に私の代で‼長年の悲願を叶えてくれた‼ブタのように這う私をブーツで踏むご褒美‼更には当家の便器を初めて使って下さった‼
更には衛生管理の行き届いたいい便器だと褒めて下さった‼
あ、安心したまえ。女神のプライベート時間は完全個室、女神の邪魔など決してしない。
…そんな女神の頼みを誰が断われる!?
これは子孫に伝える伝説級の家宝なのだよ‼
だが不思議と私の愛する尿の香しい臭いはしない!だが、見たまえ!この神の如き神聖な力を!そして!
君は便所の精霊の加護を受けている!なら分かるはずだ、この素晴らしいフレグランスとパゥワーが!」
「ひぃっ!」
シャルロットは震え上がった。彼女はその時初めて気づいた。
(私は……とんでもない相手に嫁ぐことになったんじゃ……!)
ウンフェンコ伯爵は毎日のように奇妙な儀式を行っていた。
朝食の前には必ずバーンベルク女侯爵の肖像画に話しかけ、最新の便器コレクションを磨き上げる。
その間シャルロットはウンフェンコ伯爵に鶏舎に連れていかれ、便所の加護を掛けるように懇願される。
嫌がっても彼女の便所の精霊は勝手に加護を与えてしまうので、良質な肥料が採れると喜ばれた。
シャルロットはこんな臭い場所に居たくないのに、次は牛舎、更に平民の持ってきた肥溜めに加護を与えさせられる日々。
夕食後には彼女にその日の収穫物——つまり便器から採取された「聖なる力」を鑑賞させた。
「ああっ何と香しい臭い…‼これを香水にしたいなッ‼」
「絶対やめて‼」
「安心した前、女神もこういった香水は好まないので睡眠用さッ」
「ヤダーーーーーー‼」
「ねぇシャルロット……今日はこれを試してみないかい?」
ウンフェンコ伯爵が差し出したのは新しいデザインの便器。
それはまるで王冠のような形状をしていて、黄金の装飾が施されていた。
「これならばもっと多くの加護を集められるはずさ」
ウンフェンコ伯爵は目を輝かせて言う。その表情は完全に陶酔していて恐ろしいほどだった。シャルロットは思わず後ずさった。
「無理よ、こんなのは使えません!」
「何を言うんだい?君は便所の精霊の加護を持つ者なんだから当然使えるはずだよ!」
「でも……こんなところじゃ……」
「さあ、さあさあさあ!!!!!!!」
「嫌だってば!来るなアあぁぁぁああ‼」
シャルロットは金切り声を上げてその便器で伯爵をぶん殴った。が――
「ハアアぁああぁぁぁんッ!便器で殴られるなんて初めて!とっても良いぃいんッ!」
流血しながら恍惚の表情でビクビクと痙攣する夫。
「もっと殴って欲しいぃぃんッ!でも、便所の加護をもっと見たい‼
さあ‼我が領を繫栄させる聖なる力を見せておくれ‼」
流血していることに目もくれず、ひたすら便所に固執する伯爵。
動揺する隙を付かれ、使用人に便器に座らされた。
その日以降、ウンフェンコ伯爵はシャルロットの目の前に尿瓶と便器と乗馬鞭を置き、こう言ってくる。
「君が好きな方で私を甚振って‼もっと罵っておくれ‼さあ‼」
シャルロットが拒否しても使用人がズズいとそれらを持って迫ってくる。
泣く泣く乗馬鞭を取り、打ち据えるとダメ出しを喰らう。
「もっと‼もっと蔑んで‼下賤の者を殴る気持ちで‼」
「そうだ‼いいぞシャルロット‼もっと気持ちを込めて‼」
「もっと‼魂の一発を‼私に‼」
日に日にシャルロットは気落ちしていった。
しかし、無駄に精霊の加護が働く所為か、生命維持に問題は無いことの自覚は無い。
「元気が無いねシャルロット。少し外出しようか」
そう言って、監視役の使用人たちがシャルロットの両脇を抱えて外出のドレスに着替えさせる。
馬車に揺られながら、ウンフェンコ伯爵は嬉々として語る。
「見てごらん、シャルロット。我が肥沃な大地は生きとし生ける者の排せつ物から恩恵を得ているのだよ」
金色の小麦畑。たっぷりと果実が実った果樹園。
農作物が豊富な土地だということは嫁いだ時の風景の一つとして見た。
「我が屋敷や庭園もそうだ。便所から全て始まっているのだ、とても素晴らしいだろう」
人間や家畜から排出される液体によって育った野菜たちがテーブル上に並ぶ。
どれもこれも美しい色彩をしており、料理人の腕も良く見るからに美味しそうだ。
だがシャルロットにはそれらが毒々しいものに見えた。
ウンフェンコ伯爵は満面の笑みを浮かべて話しかけてくる。
「さあ、召し上がれ」
シャルロットは泣きながら食べた。
吐き気に耐えながら必死になって飲み込んだ。
しかしいくら咀嚼しても喉を通らない。それどころかどんどん気持ち悪くなっていくばかりだった。
(こんな生活が一生続くなんて……)
ドレスも宝飾品も、購入したそれは便所から恩恵を得たもの。
美しい造形のソレが酷く汚いものに見えた。
逃げたい。
だが、逃走しようにも、この屋敷で働く人々全てが同じ思想を持っているらしい。
彼らにとってウンフェンコ伯爵は崇拝すべき存在であり、自分達の行いこそ正義だと信じ込んでいるようだ。
シャルロットには逃亡防止の魔道具がはめられていた。
魔塔主の特注品のチョーカーらしく、フェカーリエン伯爵邸から一人で出ようとすると拘束魔法が掛かる代物。
更に、ウンフェンコ伯爵以外への加害防止。
自死の防止などの制約が掛かるそうだ。
(…何で、あいつは殴って良いワケ)
分からない、考えたくもない。
誰か、助けて。




