46.邪視の魔女ベアトリスに掛けられた呪い
※胸糞展開あり
そして、ベアトリス様はポツポツと語り出しました。
「……。善の魔女。
薬学や植物学、医術と魔術に優れた…知識の女と呼ばれる…『人間』の魔女。
現代では魔術師に分類する者。それが彼女。
ユーフェミアの曾祖母。
私はその彼女と友人だった。当時病や怪我は教会の領域で、彼女の行いは異端とされた。
それでも彼女は、病に苦しむ者へと薬を渡し、怪我や病の治療を続けた。
…彼女の知識に感銘を受けた神官の一人は彼女に指南を受けた。
二人は何時しか恋仲になった。…そして、子も身ごもった。
だから魔女狩りの標的となり、捕まった。
――雨季で、嵐の中教会の騎士たちに連れていかれた。
私は『眼』――魔女の力で神官が彼女を庇って殺される姿を見た。
私は彼女を助けようと追いかけ、騎士や神官と対峙した。戦闘中、崖崩れに合い巻き込まれた。
私は右足の根元から先が岩に押しつぶされ欠損した。左足も足首から下が無くなった。
再生するには…彼女を追いかけるには、血肉が必要だった。
土砂に流された騎士の死体を見つけて――再生のため、死肉を食った。
食った場所が悪かった。魔獣の森。エレシュカの住処。
私はそこに流されていた。
私は人間の死肉を貪る『悪』と判断され、5ヶ月程エレシュカに追跡された。
だから、ワザと魔女狩り執行官に捕まった。…そこでエレシュカの追跡はようやく止まった。
私は魔女として、他の女たちと王都へ護送されることとなった。
…笑えることに、魔女の素養を持つ女は、私だけだったよ。
――神を信仰する奴らの最低な言葉を教えておこう」
ベアトリス様は一切の抑揚無く言葉を紡ぎます。
「『――お前ら、魔女共とまぐわって股間が腐って落ちても知らないぞ』
…お前も散々楽しんでおいて、笑える言い分だ。
魔女の潔白には純潔も重要視されるという。
私以外の女も、その条件を満たすことは無くなったよ。
…まあ、どうでもいい。友人を救えれば、そんなものどうでもいい。
私たちは王都に近い町の教会の牢に入れられた。
明日、王都で公開処刑があると、先に囚われた者に聞いた。
神官と姦通した魔女が出産を終えたので、その者の処刑を行うと聞いた。
彼女だと思った。
神の加護の結界を破って牢を破壊し、見張りを絞め落として外に出た。
殺しても良かったが、邪魔が入ると面倒くさい。
…ふと、英気を養うため、私や女どもで散々楽しんだブツを嚙み千切って食った。
止血はしてやった。生きるに問題は無い。
ククッ、子孫断絶されて動けない奴がどうなったか、知った事ではない。
王都セレイムの広場は歓声と狂気に満ちていた。
彼女を神官――ああ、ローレル。お前に似ていたよ――が縄で吊り下げて、吊り上げた状態から急激に床ギリギリの地点へ叩きつけ腕が脱臼し苦痛に悶える姿。それを見ても表情一つ変えない聖女が友人を見下ろしていた。
民衆もそれはもう『悪』の処罰に喜んでいた。
気に食わない。何もかも気に喰わない。
だから、全員皆殺しにした。
恋人を殺され、産んだ子供を奪われて、苦痛と絶望を味わう友人を笑い、それが当然と思っている全員みーんな。
……ぶっ殺してやった。
聖女は、彼女を想起して、彼女に接するように抱きしめてやったら、防護障壁は機能しなかった。
抱きしめて、…その喉笛を嚙み千切って、奴には屈辱であろう魔女の邪視で殺した」
「………」
「邪魔者の聖女は殺した。あとは彼女を助けるだけ。
彼女、まだ生きていた。でもね、拷問を受けた傷と…産後の処置が甘かったね。
出産後の拷問に耐えられなかった。
少し言葉を交わして、出血が酷くて死んだ。
…その後は、悪いが覚えていない。散々悪態を付いた気はする。
気付いたら彼女が好きな花畑に、死んだ彼女を抱えて座っていたね。
そこに彼女を埋めた。…彼女は花が好きだから。
――アヌシュカ。お前に突っかかったのは八つ当たり。
エレシュカの追跡が無ければ、彼女を助けられたかもしれない。
私がとっとと決断して、教会に捕まったら良かったのかもしれない。
彼女に薬作りを…辞めさせれば良かったのかもしれない。
まあ、結果論だけれど。
私がエレシュカを恨むのはほんの些細なこと。
お前の血縁者からすれば、人間を食らい人間を沢山殺した私の行いは悪だろうね。
……アヌシュカ。
何故、泣く」
「……………」
「………だから、念を押したのに。これだから子供は嫌ね」
「……今、も」
「何」
「今も、恨んで、ますか……?僕には…そう、見えま、せん………………」
「恨みはある。それ以上に、二重三重に掛けられた呪いが厄介で、復讐に時間を取れないだけ」
『ベアトリス。あの人との子をどうか守って』
『おかあさん』
『エッ、ン~、ベッ…べありゅッ』
くだらない呪いで、魔法だとベアトリス様は自嘲気味に笑います。
「――ハッ、くだらない呪いに縛られた魔女を見て笑え」
「……………」
「……ちっ。お前、旦那だったか?そいつを慰めろ、めそめそ泣いて面倒くさい。
ローレル。お前もめそめそと鬱陶しい。人喰いの魔女の話はそんなに怖かったか?」
「分からないのです‥‥‥貴女の大切な人を奪い、貴女の尊厳すら踏みにじった人間の血を継ぐおぞましい、私のような者が‥‥‥。
貴女たちへどう償えばよいか、分からないのです‥‥‥」
「ふーん?簡単な事よ?
…返して。
彼女が我が子の成長を、愛する人とお腹の中にいる時から喜び合う時間を。
返して。
彼女が我が子を苦痛の果てに産み、新たな生命の誕生を抱きしめる瞬間を。
返して。
我が子が成長し、婿を迎え入れ、孫を抱く彼女の未来を。
――どうして、大量虐殺した血濡れの魔女が、優しい彼女の生まれたばかりの孫を抱かなければならない?」
――私にはそんな資格は無い。
ベアトリス様の最後の言葉は…震えていました。
司教様は…顔を覆い、頭を下げて黙していました。
「‥‥‥神に背き、聖女を殺し、多くを殺した女に…女の指を…その手を命一杯広げて、掴むの…ユフィの母もユフィ自身も。
ユフィの初めて喋った言葉は、『ベアル』だった。…母親の名を呼びなさいよ。
私には、今もこうやって抱きしめられる資格など無いのに」
ユーフェミア様は、その邪視の瞳から涙を一筋流すベアトリス様を、強く抱きしめていました。
「…ああ、そうそう。
この子たちに危害が及べば、私は今度こそ過去の分まで暴れるわ」
「言葉の割に、面倒くさそうだね。復讐に燃えるのが」
「…呪いが厄介だった。それに加えて連中に怒りを覚え続けるのも、疲れる。
――それに、当事者は私が殺したもの」
「分かっているさ。そうだ、これだけ確認。
教会は、君たち本物の魔女を…どれだけ処刑した?」
「クリューレーヴと…2桁も云っていない。ただ、彼女の能力上、肉体の死に意味は無い。
…ああ、『コレ』。渡しておく。
お前、『中立派』の魔女に入ったらいいのに。本当に悪趣味」
「――やれやれ、君らの扱いを改めたほうがいいかね?」
「黙れ。…昔話は済んだ。私は行く」
「お待ちください‥‥‥!」
「何だ、ローレル」
司教様が叫びました。
「厚顔無恥と罵ってくれて構いません。それでも、私の祖父の愚かな所業を謝罪させてください…‼」
ベアトリス様は冷たく鼻を鳴らしました。
「不要だ。お前も知っての通り、彼らは皆死んでいる。…私が殺したのだから」
「それでも」
司教様は床に膝をつき続けます。
「彼らの過ちに対して、私は教会の司教として公式に謝罪いたします。そして‥‥‥」
彼は懐から布に包まれた、古びた木のペンダントを取り出しました。
「これは貴女のお探しの品でしょうか」
それはひまわりが彫られた、小さな首飾りでした。
「何?‥‥‥あっ」
ベアトリス様の目がわずかに見開かれました。
「亡くなった…アスター神官様の遺品です」
「アスター…」
司教様はベアトリス様に丁寧に差し出します。
「彼が亡くなった後、この首飾りだけは神官見習いの父が保管し、『魔女』と魔術師の偏見が無くなる未来まで、お預かりしていたのです」
誰にでもできる、民間治療。それを支持した神官様を処刑した事で、酷く懐疑的に思った司教様のお父様は彼の遺品をこっそり隠したそうです。
――大切な人に貰ったのだと。
いつか、許されないとしても、民間治療を生み出した薬師の遺族へ返そうと。
そして、過去の戒めとして隠していたと。
「‥‥‥。アスターは教会が処分した。灰でもいいから彼女の傍に埋めたかった」
ベアトリス様の声は淡々としていましたが、わずかに感情が滲んでいます。
「彼女が彼に贈った首飾りよ‥‥‥」
司教様の言葉に、ベアトリス様はペンダントを受け取りました。
「これを…彼の遺品を。彼女に返せる日が来るとは思わなかった」
ベアトリス様はペンダントを握りしめ、初めて微笑みました。
「ありがとう、ローレル」
その笑顔はあまりにも優しく、思わず息を呑みました。
「でも、その優しさが仇となることを忘れるな。アヌシュカ、お前も」
ベアトリス様はすぐに冷たい表情に戻りました。
「私は変わりなく魔女だ。…魔女は狡猾な存在だ」
「――分かっています」
司教様は静かに答えました。
「それでも」
これだけは。僕はこれだけは言わないといけません。
「貴女の手は‥‥‥温かくて、優しい、です」
ベアトリス様が驚いたように目を見開きました。
「優しい、魔女、です」
「‥‥‥ふん」
ベアトリス様はペンダントを大切に懐に入れました。
「ユーフェミア、戻りましょう」
「う…うん!」
ユーフェミア様はベアトリス様に寄り添いました。
「また会える機会があるなら」
ベアトリス様は振り返らずに言いました。
「その時はもう少しまともな顔をしておいで、二人とも。辛気臭いったらないわ」
そう言い残し、二人は静かに退出しました。




