45.実物の魔女は想像と違います
「ベアル!?そっちは貴族様の宿よ‼出てきなさい‼」
「あのッ‼友達が‼えっと、お祭りに興奮して、偉い方の宿とは知らずに入ったらしくて‼」
「そうです、田舎者の所為で知らずに入りましたすみません‼連れて出ますから‼
ベル!早く出てこいッ‼」
3人の男女が入り口で叫んでいます。
まるで、羽目を外した友人を連れ戻すような言葉に、緊迫感が何処かに行きました。
「……興がそがれた」
邪視の魔女はそう言って、本当に興味を失ったように立ち去ろうとします。
が――
「ベアル‼」
バタバタと入って来た、黒髪と金の瞳の少女が邪視の魔女に近付き――
逃げようとする首根っこを引っ掴み、その頭を僕に向かって強引に下げさせました。
「貴族のお嬢様すみません‼悪い子じゃないんですっそのー、大変失礼しました‼」
「ちょ、ユフィ。やめ…」
「回収しますので‼よく言って聞かせますので‼」
「ふざけんな抑えるんじゃないのッ」
更に褐色肌の赤み掛かった黒髪のの冒険者風の青年もやってきて、邪視の魔女の頭を掴んでいます。
「不法侵入しておいて何言ってんだお前!?」
「~~~~ッ‼」
僕が想像する魔女とは全く違う、物凄い格好をさせられているのに、邪視の魔女からは何の殺意も感じません。
ごく普通のお友達同士のやり取り。
そんな風に見えるのです。
「…母のこと、聞きたかったのですか?――ベアトリス様」
なので、思わずそう聞いていました。
「……」
「ベアル?」
「……エレシュカの昔話…いや、愚痴と八つ当たり。エレシュカの血縁者には関係ない事。辺境伯夫人と知らず、失礼いたしました」
無表情で淡々と告げるベアトリス様。
――この人が本当に極悪の殺戮者なのでしょうか。
母の事も僕の正体も知っています。暴露して人々を混乱させることも出来るでしょう。
それをせず、母を血縁者と関係を濁す言い回しをするこの方は――
「その愚痴を聞いても良いですか?」
「‥‥‥」
少し顔を顰めて沈黙してしまいました。
お連れの方々も、どうしていいものか悩んでいます。
「ベアトリス、辺境伯夫人の宿泊施設に侵入したんだ。…その愚痴、聞いてもいいかな?」
入り口から現れたのはシルヴィナ様と…司教様です。
ドアの近くでは、金髪の女性がディルたちに何度も頭を下げて詫びていました。
ベアトリス様を回収に来たのは、聖女候補のユーフェミア様とデイジー様、そして彼女たちの護衛を兼用したキリアン様だそうです。
「お前に指図される謂れはない。――シルヴィナ」
「そうだね。でも、彼にはあるんだよ」
シルヴィナ様は司教様に視線を送ります。
司教様は姿勢を正し、ベアトリス様の眼を見据えて言葉を紡ぎました。
「…ベアトリス様でございますね。
――私の祖父は、百十五年前の水仙の月。セレイムの惨劇で、魔女の拷問執行官を務めていました」
刹那、ベアトリス様から凄まじい殺気が放たれ、しかしそれはすぐに鎮まりました。
「ベル!」
拳を血が滲むほど握りしめ、フーッ、フーッ、と、荒い呼吸を繰り返します。
キリアン様がその肩を押さえて落ち着けています。
「…ベルはここでは…不法侵入しかしていません。正規に則った罰以外…命を持って償う裁きを受ける謂れは無い」
そして、ベアトリス様とユーフェミア様を背中に隠して司教様に対峙します。
「いいえ。私には今現在のベアトリス様を裁く権限は持ち合わせていません」
司教様は、ベアトリス様の邪視から一切視線を逸らすことなく、落ち着かれるのを待っていました。
「…人間、何故、私を邪視の魔女と知っていて尚、逃げない」
「ローレルとお呼びください。…私は、当事者の血縁者として、貴女の――いえ、あなた方の怨嗟を受け止めなければなりません。
お聞かせください。貴女の心に秘めた憎しみを」
「ベアル…」
「…ローレル、お前、いくつだ?」
「あと数月で89になります」
「年寄りの癖に、魔女の呪詛を聞きたいとは酔狂なことだ。…勝手にしろ」
「ありがとうございます」
「では、席を設けるとするか。アヌシュカ、君はどうする?」
「…旦那様、良いですか?」
「駄目だ。俺も同席する」
「辺境伯夫人。…辺境伯はエレシュカをどのくらい知っている」
「おおよそは」
「そう。…ユーフェミア達は聖女候補でここに来た。別室で待ってもらっていいだろうか」
やはり、話に聞く魔女とは随分と違います。
「はい、ではユーフェミア様は…」
「駄目、私も同席する。あ、えっと…。夫人、同席させてください、お願いします」
「話しやすいようで構いませんよ」
「ありがとうございます」
「お前はキリアン達といなさい」
「あんなになったベアルをひとりにさせません」
「…その、魔女狩りの件。話すから、…気持ちのいい話じゃあないの」
「…そっか、なら余計に傍に居るよ」
「でも」
「おばあ様やお母さんから距離を取ろうと、ベアルが昔の事を話してくれたの、知っているよ。…もしもね、私がベアルくらい強くって、デイジーやキリアンがそんな目にあったら…我を忘れちゃう。強くなくっても、大暴れしちゃう。
それだけの事だったんだよね、だから一緒にいる」
「‥‥‥気分が悪くなったら、キリアンたちの所に行きなさい」
「うん…、ありがとう。ベアル」
「ユフィ…せめて、ベルと言いなさい。それ、人間の絵物語の悪魔の名前…。
司教の前でお前は、もう…」
「子供の頃からこう呼んでるから、つい」
ベアトリス様からは、僕の正体や同行人を気遣う様子が垣間見えます。
ユーフェミア様と話すベアトリス様は、妹の押しに困惑している姉のようです。
(……言い伝えの方と大分違います)
(それでも気は抜けないが)
ユーフェミア様たちと接しているベアトリス様は…。
普通の、女性。
そんな印象を持ちました。
+++++
話し合いの場には、僕と旦那様、司教様。
対面にベアトリス様とユーフェミア様。
そして、進行役を兼ねてシルヴィナ様が参加しています。
…魔王の三者面談になっていますね。
ちなみに、デイジー様は魔女狩りの件は自分も関りがあると言っていましたが。
シルヴィナ様がやって来たので貴族の会話に首を突っ込むなと、キリアン様が回収していました。
「まず、不法侵入した件は詫びよう。アヌシュカ辺境伯夫人。
エレシュカへの恨みで、衝動的に似た魔力の波長の貴女へ詰め寄った」
「その恨みを聞いてもよろしいでしょうか」
「………………。
私の腹の奥で押しとどめている恨みの一つに過ぎない。
一つ取り出せば、他も吐き出さねば気が済まない。それでも聞くか」
「はい」
「君の言葉は魔女の言葉故、宣誓して欲しい。
『王都セレイムでの邪視の魔女の血の惨劇事件とそれに至る経緯について』虚偽の一切を述べぬことを、創造神に宣誓してくれ」
シルヴィナ様の言葉に、ベアトリス様は盛大に舌打ちしました。
「その方が、魔女狩りに在った被害者遺族への対応もしやすい」
「‥‥‥邪視の魔女ベアトリスは、『王都セレイムでの邪視の魔女の血の惨劇事件とそれに至る経緯について』虚偽の一切を述べぬことを、創造神ゼフェスに誓う」
「魔女に誓われたなら、私も。
シルヴィナ・バーンベルクは、『王都セレイムでの邪視の魔女の血の惨劇事件とそれに至る経緯について』虚偽の一切を述べぬことを、創造神ゼフェスに誓う」
「…私ローレルは『王都セレイムでの邪視の魔女の血の惨劇事件とそれに至る経緯について』虚偽の一切を述べぬことを、創造神ゼフェスに誓います」
僕も、旦那様も、ユーフェミア様も。
皆が創造神に誓いを立てました。




