44.アヌシュカ、邪視の魔女と相対する
馬車に揺られ、バーンベルク侯爵家が管理するデーヴァ領にやって来ました。
バーンベルク侯爵領では聖女候補全員を集めるのには王都から遠いので、中間地点のこちらにやってきた感じです。
後は、他領の教会支部の方々への配慮です。
教会本部に悪魔――恐らく『中立派』の悪戯――がおり、それを本部の者が神と信仰していたことで司教様が倒れてしまいました。
他の支部の神官さんも動揺が強いのです。
王都では民衆の教会への嫌悪感が強いので、一旦侯爵家が保有する領で状況のすり合わせですね。
…司教様が可哀そうです。
お歳なのですが、教会を纏められる人材が不足しているので、遠方から駆り出されています。
デーヴァ領は聖女一行が来るということで、シルヴィナ様が後見人の領主様が出店などを開いてちょっとしたお祭り騒ぎです。
ちなみに、僕のお耳と尻尾は戻って無いです。
魔力の制御が出来ていないので、何かあっては大変です。
なので、宿泊するお屋敷でお祭りの風景を見ています。
司教様に僕の変化は負担かなと思ったのですが、物凄く温かい目で見ているので怖くないようです。
あと、ヴィオラさんが司教様のお世話を買って出て下さり、ヴィオラさんの守護精霊さんが司教様の肩に乗って疲労を減らしてくれています。
「悪いのは本部?じゃないかな。だからこの子たちはアタシや奥サマに助けを求めたんじゃないですか?」
「…そうなのかもしれませんね」
精霊さんも司教様には好意的で、フワフワと司教様の周りを飛んでいます。
精霊さんに笑いかけられて、司教様の心のモヤは少し減っていました。
その光景をお見舞いに来た他支部の神官さんたちも見て、幾らか不安は薄れたようです。
「司教様もお疲れだよッ。精霊も見世物じゃないんだ、面会時間は守りなッ。
アタシに用があるならそう言いなッ」
そう言って神官さんにも一歩も引かないヴィオラさんは凄いです。
ヴィオラさん、治癒の力も使えるようになったそうで、司教様のお世話の合間に治癒もしています。
騎士さんの長年痛む古傷を治癒した時、どうして顔の傷を治さないのか聞かれてヴィオラさんは胸を張って言っていました。
「これはアタシの勲章さ、カッコイイだろ?
それに、聖女ってもんに偏見持っている連中が、本質を見られるか分かるだろ?
まあ、聖女ってガラじゃないんだけどね」
+++++
…堕天した精霊の話は、司教様たちの心がもたないので黙っておくことにしています
シルヴィナ様も、『教会本部が意図的に聖女を造り出したころから、弱った高位の精霊は悪魔に喰い殺され乗っ取られていた』で通すつもりです。
百数十年前の王都セレイムでの殺戮の前後から、教会の魔女狩りで民間治療や民間魔法を根こそぎ絶やす動きが活発だったので。
あと、司教様がガニマタ様を拒絶した以降に、聖女が爆増するように調整したそうです。
『神の山脈の恩恵を得た教会支部を神は見捨てなかった』
『偽の聖女を拒絶した司教や神官の元へ聖女を遣わせた』
教会の信仰に関してはそれで押し通すそうです。…僕、魔王ですけど。
それにしても、500人って。…多すぎませんか聖女。
実際は辞退を申し出た人もいて、約半数集まった感じです。
そういえば、ヴィオラさんも僕の尻尾とかは気にしていません。
むしろモフモフしたいらしいとカレンに聞きました。
ヴィオラさんは気配り屋さんで、色んな人に治癒や自分たちで出来る魔障の対処を教えてお疲れです。…モフモフ、しても良いと思います。
旦那様にも『触りますか?』と聞きましたところ、お耳を恐る恐る触っていました。
シルヴィナ様と聖女候補の護衛のすり合わせがあるので、旦那様もお忙しいです。
僕も、約半数集まった聖女の加護の内訳の整理中です。
その時でした。
強い視線を感じたのです。
お耳が出ているからか、魔力探知で微弱な――殺意を感じ取りました。
そちらの方角に目を向けると、濡れ羽色の長い髪と金の双眸の女性が僕を見ています。
全く感情の無い、無機質な人形のように。その金の瞳を大きく見開いて。
――あの容姿…。髪と瞳の色…。
母から魔王継承の際に、特に注意すべき諸侯王とありました。
近年、最も多くの人間を――当代聖女や神官たちをも殺害した魔女。
諸侯王『中立派』序列『総裁』邪視の魔女ベアトリス――
あまりに人が多すぎます。彼女の能力上、危険性が強い。
ですが、その鋭い怒りは僕に向いているのか、物凄い速さでこちらに向かって来ます。
「カレン、ディル、中に――」
ガタンッ。
「お前。――誰だ」
窓から侵入して、邪視の魔女は僕の間近に立っていました。
ディルが間に入るのを、僕は慌てて制止します。
「ダメです、何もしないで下さい」
「いえ、侵入者を排除するのは――」
「私は、邪視の魔女ベアトリス」
抑揚の無いその言葉に、カレンたちは動きを止めます。
+++++
…事前に彼女が聖女候補として来ることは分かっていました。
「奴は来るよ。必ず」
そして、シルヴィナ様からこう言われました。
「彼女に『名乗られた場合』。…決して敵意を向けないように。
その敵意は高ければ高い程――君ら自身に返ってくる。
名乗らずとも眼を合わせた相手を死に至らしめる事も出来るが、…君らは精霊の加護を受けているからね。彼女にもリスクはある。
それでも、簡易的な邪視除けの護符は持っておくように」
そう言って護符を手渡すシルヴィナ様の言葉に、違和感がありました。
『中立派』の魔女は悪戯好きですが、自身に危険が及ぶ行為は殆どしません。
「…どうして、邪視の魔女ベアトリスは、精霊の加護の強い聖女を殺せたのですか?」
序列最下位の彼女では、聖女の加護に太刀打ちできない筈です。
それも、範囲攻撃で強力とは云え、聖女の力で跳ね返った力は繊細な構造の眼球に酷い負荷を掛けるでしょう。
「さあねぇ?当時の聖女は私でも面倒な相手だったからね。…アヌシュカ。
――愛ほど恐ろしい呪いの力はないのだろうね」
「………?」
+++++
震えるカレンを、ディルにゆっくり下がらせました。
兎に角落ち着いて、言葉を紡ぎます。
「…ベアトリス様、僕はオルトス・ベルンシュタイン辺境伯の妻アヌシュカと申します。
要件はどのようなものでしょうか」
「…エレシュカは」
「?母、ですか?父が死んだので、後を追うように亡くなりました」
「…………」
小さくですが、邪視の魔女は舌打ちしました。
「母が何か?」
「アヌシュカ‼」
ドアを乱暴に開けて、旦那様が僕と邪視の魔女ベアトリスの間に割って入りました。
「旦那様?」
「邪視の魔女が君の元に現れたと聞いた」
「ふーん、そう……」
僕たちは目を細める邪視の魔女ベアトリスの登場に緊張感が強まります。
その時。
複数の大声が聞こえてきました。




