40.苛烈極まる義母と婿の会話 そして蝉ドンの許可
「さあ、戻るよ。あんまり人間を長く逗留させると五月蠅い連中もいるからね」
「シルヴィナ殿、ここは…そして、あなた達は――」
「言わないよ、坊や」
シルヴィナ様はここの事をいう気は無いようです。…僕も夢の世界が神聖なものとは知りませんでした。
旦那様は母に最後にと、挨拶させて欲しいと言っています。
仕方ないとシルヴィナ様は、母に向き合い頭を下げる旦那様を苦笑交じりに見ています。
「…先ずは、お詫びを。遠方に嫁いだ娘さんに、呪いを言い訳に酷い態度を取りました。
――申し訳ありません」
「ふむ、我に詫びるとは殊勝じゃの。そなた、当初は離縁を考えておったようじゃが、今は違うのか?」
「…どこまでも他者を想い、聡い令嬢です。俺のような粗忽者にはもったいない程に。
ですが、他人の悪意すら受け入れてしまう危うさがあります。彼女が辛い目に合うのは俺が耐えられません。
彼女が成人して己の意思で人生を歩めるまで、俺が守ります。アヌシュカが嫌でなければ、俺と共に生きる選択をしてくれると…嬉しいです」
「人間とは面倒な所もあるのじゃのう。とっとと交わって良いのに」
母、魔獣の森の支配者の影響か、思考が獣寄りなのです。
「妻のっ、心や身体を考えますと、三年は空けませんとっ‼」
「エレシュカ、うちの弟嫁もあと二年はそういうのはダメだよ。その年月嫁を大事にしているってこと」
「ふーむ?そういうものか?アヌシュカよ。こやつはいい牡か?」
「旦那様はお優しいです。一緒にご飯を食べたり、お忙しいときはお手紙をくれます」
「そうか、そうか」
母は笑顔ですが、旦那様は何処か複雑な表情です。
「どうして。――アヌシュカの父御が亡くなった後、貴女も後を追ったのですか…?
アヌシュカの傍に居なかったのは、どうしてか…理由を聞いても?」
「我は善王側の魔王じゃ。人間ぶっ殺して悪堕ちはマズイじゃろうて」
母はケロッとした様子で言いました。
旦那様は目を見開いて驚いています。
「アレンが死んだ後、我はアレンを虐げた人間共を皆殺しにする気持ちが抑えられなかったぞ。我が愛する者は病で死ぬのに、のうのうと奴らが生きているのが許せんかったわ。
少なくともリッツ領の連中は皆殺しじゃな」
旦那様は母がちょっとばかり怒りっぽくて嫉妬深い事を思い出したようです。
「じゃがの、アレンに言われた。リッツ領の人間全員ぶっ殺す位なら、一緒に来て欲しいとな。…世話になった爺やたちがいるのと、我がそんな奴らの為に穢れるのは嫌だと言われたのじゃ。
病気で辛いじゃろうに、我に蝉ドンして説得したのじゃぞ?…愛する夫の頼みじゃ、聞かねばのう。
アヌシュカの件は村の者に任せたし、アレンの生家には夢で警告はした」
「――リッツ伯爵はその村を襲ったし、警告を破ったがね。実に愚かだ」
「あ奴らが反省するまで、悪い夢を見せてやる。これでも譲歩したのじゃぞ?」
「母が悪に堕ちるよりも、父と一緒に死の世界に行った方がずっといいです、旦那様」
怒って見境なくして、魔獣の森を暴走させてスタンピードでも起こしたら、隣国も被害が出ました。
「君の母と言い、エヴァンス殿と言い、何故に蝉ドンで意志を変える…?」
「クッ…クフ…ッ!あのエヴァンスが嫁に振り回される様は初めて見たな…クク……ッ!」
シルヴィナ様は思い出したのか笑っています。ヒルベルテ様は蝉ドンが分からないのか首をかしげていますね。
「ヒルベルテ様が取り返しのつかない覚悟を決める前に、王女殿下に蝉ドンで落ち着かせてもらうのはどうでしょうか?」
「いや、流石に…」
「クク…、義理の母として許可するよアヌシュカ。会ったら教えてやれ」
「何てことを王女殿下にさせる気ですか」
「そうかな?可愛いと思うがね」
「……」
取り敢えず、母の決断に関しては、旦那様は納得したようです。
「僕じゃ母を止められませんし。僕一人よりも、他の人類の安全第一ですよ」
「……そうか。…これから、楽しいことを沢山やろうな、アヌシュカ」
「?はい」
+++++
夢の世界でヒルベルテ様と一旦お別れしました。
お別れの間際、旦那様に子供っぽい笑いを向けたり、僕に優しい笑顔を向けたり、笑い方がコロコロ変わります。
声は聞こえませんが、とても優しい想いを伝えてくれたのです。
ヒルベルテ様は左耳に王女殿下の耳飾りを付けて、僕たちを見送ってくれました。
現実世界に戻ると、あれから三日経っていました。
困ったことが起きたのです。
僕も母も、魔王の形態だと頭部に獣の耳の形になった魔力探査等を司る器官が顕現します。尻尾は攻撃の補助です。
…獣の耳と尻尾が…戻りません……。
「元々夢の世界に生者が行くときは全裸なのだよ?装備も劣化する。
その辺を調整したとはいえ、『君主』相手だからね。不具合は出る。
アヌシュカは『君主』の攻撃を受けているし、一時的に魔力の調整が乱れているのだよ」
「どうしましょう…」
「むう…、獣化の魔法はあるにはあるが…。そのように説明しておこうか?」
「まあ、無難だろう。知らぬ者には、実母が獣化魔法の使い手だったとでも言っておきなさい。嘘ではないし」
「皆さんが怖がらないといいのですが」
「きゃあぁぁぁッ!?奥様、モフモフッ!?モフモフしていいですか!?」
「えっと、カレン?…どうぞ?」
「うわーッ!モフモフッ!モフモフーッ‼」
どうしてでしょうか。
すごく喜ばれています。
ダリアも何だかソワソワしています。
「モフモフしても不快でありませんか奥様?」
「大丈夫ですよ?」
ダリア、どうしてブラシを持って寄って来るのですか。
…尻尾をブラッシングされました。ツヤツヤです。
「アヌシュカも戸惑っているのだ。ほどほどにな」
旦那様とシルヴィナ様は、不在の間の出来事を確認していました。
僕は特大の情報を聞いてポカンと口を開けて思考が止まりました。
聖女エヴァンス・バーンベルク小侯爵が、教会本部が飼っている悪魔を素手で捻り殺し、王都の異常現象を解決したと。
「魔王が聖女として大活躍…」
あ、エヴァンス様は魔王呼びで問題無いそうです。社交界の異名が『絶対零度の魔王』なので。
「ククッ、面白いだろう?…うちの聖女は随分とやり手だ」
「大司教も投獄されて王都近辺の教会は大混乱ですよ…。ゼフェスゾーム辺境領の教会支部の司教様へ招集が掛かっていると…。
更には、多数の聖女も悪魔退治に貢献しているので、今確認できる聖女全員にも、三週間後までに王都に来て欲しいと」
「……」
「その…アヌシュカ。嫌であればここに残って良い。君は聖女マリエラに危害を加えられた。病欠ということでも構わない」
「えっと、旦那様がお嫌でなければ、行きます。…フードで隠しましょうか?」
「あー、その。その姿も可愛いと思う。人目が気になるなら隠してもいい」
「このお耳は奥様の髪質と変わりませんし、そういう髪型に仕上げてもいいかもしれませんよ?北部のケープもこの時期なら違和感はありませんし可愛くしましょうッ」
…取り敢えず、司教様が驚かないことを祈りましょう。




