39.声無き言葉をいくらでも紡ごう
『ヒルベルテ』に生前の屈託のない笑顔は無く、その顔には加虐的な笑み。
貫かれたエレシュカの姿は煙に変わり、上空から尾を振り抜いた衝撃波を『ヒルベルテ』にぶつけ重圧で押しつぶす。
そこへシルヴィナが招来した光の雷が『ヒルベルテ』を穿つ。
更に光球の弾雨が『ヒルベルテ』へ降り注ぐ。その中シルヴィナは剣を抜いて突っ込んでいった。
――初手から高位の諸侯王による猛攻。
『ヒルベルテ』に切り裂かれたエレシュカの姿は再び煙に変わり、『ヒルベルテ』に纏った煙は大木の根と化し大地に固定する。
アヌシュカも動いていた。彼女は母が拘束した瞬間に『ヒルベルテ』へ打撃を繰り出す。
拘束を振りほどいた『ヒルベルテ』は彼女を裏拳で弾き飛ばす。
エレシュカ程尻尾の数は無いが、尻に生えた尾で吹き飛んだ衝撃を殺すアヌシュカ。
その小さな身体をオルトスが支え、アヌシュカが防護障壁で防ぎきれなかった追撃の黒い錐を剣で弾く。
「俺の妻に何をする、ヒルベルテ」
帯剣した剣を放り投げるオルトス。
オルトスの武装解除の行動が理解できないのか、或いは知り得ぬ事実を突きつけられた衝撃か、『ヒルベルテ』は動きを止めた。
『君主』の魔力が揺らぎ、隙が生まれた。
「ヒルベルテ、俺は怒っている。…俺たちは騎士だ。戦って死ぬこともあり得ることだ。
だが、お前は己の死を知っていた。
知っていて尚、お前はどうして愛する人と生きる道を探さなかった。
お前の母がどれ程才能や地位があろうと、お前が彼女に与えて来た愛を満たすことは出来ないんだ」
オルトスが拳を握る。
――いつもの癖で、ヒルベルテもそれに応じた。
「何故母を悲しませる。どうして婚約者を泣かせる。そして、俺の妻に手を上げたな。
ヒルベルテ…この…ド阿呆がぁ‼」
ヒルベルテのアッパーを掻い潜り、魂を込めた拳がヒルベルテの顎を撃ち抜いた。
+++++
生まれたてとはいえ、『君主』相手です。
長期戦を覚悟していました。
ですが、ヒルベルテ様に馬乗りになって殴り続ける旦那様の拳を受けるうち。
攻撃が徐々に人間味を帯びていきました。
「人に恋愛を説いておいて、惚れた女を泣かすな‼」
「彼女に言えよ‼自分たちが暗殺されるかもって‼二人で乗り越えろよっ!格好つけるな阿呆‼」
「五月蠅いこの馬鹿!バーカッ‼俺の結婚式ではお前を花まみれにしてやる‼」
「アヌシュカにも花吹雪の籠ぶっ掛けさせるからなボケが‼」
……何だか、旦那様。子供のケンカみたいになっています?
「子供の喧嘩よのう。人間を連れてくると言った時はどうなるかと思ったが、そうじゃなぁ。あ奴らの爆発的な力は魔王以上じゃ」
父もそうだと母は惚気ています。
「私がバカ息子を殴ればいいのだろうが、『手』が足りないからね。
まあ、オルトスがボコボコにぶん殴ったお陰で、ヒルベルテの魂も安定したようだ」
そういえば、途中から明らかに動揺していました。
魂の在り方は魔王にも複雑怪奇なものですね。
旦那様がひとしきり殴った後、顔を腫らしたヒルベルテ様は僕に土下座してきました。
ヒルベルテ様の魂は安定して、塵程残っていた『君主』の悪意を組み伏せました。
『君主』が『侯爵』に土下座です。パニックです。
『オルトスの奥さん、真に申し訳ない!』
ヒルベルテ様、声が出ていません。
唇はそう言葉を紡ぐのですが、旦那様曰くやかましい声量は届かないのです。
「成功したの。本人の以前の人格のままじゃ」
「…あの。ヒルベルテ様の声は――」
「そんなものは塵になって消えたわ。冥婚の花嫁を守る手足と耳と目は無事じゃろうに」
さっきの旦那様との殴り合いで声が聞こえないと思ったら…。
旦那様曰く、大体言っていることは分かったので言い返していたそうです。
旦那様は凄いです。
「母。如何にかなりませんか?」
王女様はヒルベルテ様のお声が聞きたいと思うのです。
「お主まで言うようになったのう。…『君主』の力が安定すればいずれ出るじゃろうて」
…母、小さく『多分』って言いましたね?ですが、母を責められはしません。
魂の修復ですから。一番重要な、人格を戻すのを優先したのでしょう。
喋れないのに、ヒルベルテ様は僕を見て穏やかに笑っています。
『嫁の為に怒るオルトスが見られて嬉しいよ。お名前を聞いても?』
「あ、はい。アヌシュカです」
『こいつ、優しい?不満とかは無い?』
「旦那様は出会った時から優しいですよ。お花もくれます」
『そっか』
僕にも言っていることが分かるように、口の動きをゆっくりにして話してくれます。
とっても優しい笑顔です。
不意に、ヒルベルテ様はバツが悪そうにシルヴィナ様を見ました。
『……』
「気にするな。私の不満はオルトスが言ったし殴った。『コレ』もお前の所為じゃない。しでかした首謀者が一番悪い」
シルヴィナ様の腕の事、少し悲しそうに見ています。
「…ヒルベルテ」
シルヴィナ様は小さなペリドットのあしらわれた黒い十字架を、ヒルベルテ様に渡しました。
「片割れを持って、お前の伴侶が待っている」
『……っ』
「式まで時間はまだある。それまでここに居なさい」
『……』
「声が無くとも、あの子はお前を待っているさ」
ヒルベルテ様はその十字架を胸の前で抱きしめています。肩が僅かに震えていました。
喉を押さえて、何度も声を出そうとしています。
ヒルベルテ様は沢山の音の無い言葉を紡いでいますが、一番僕に読み取れたのは。
――エルル 会いたい
王女殿下のお名前でした。
シルヴィナ「魂の籠った拳程、呪いを鎮めるのに最適なものは無いからね」
エレシュカ「魂の籠った蝉ドンも良いぞ」
シルヴィナ「クッフフ…、それは弟嫁にさせるよ」
→兄嫁の蝉ドンを目撃して、実は寿命が5年延びた感じがするシルヴィナ(だが内緒)




