36.聖女増殖の犯人
初手でとんでもない記述がされています。
王女殿下の祝福の消失?
話を聞く限り優しい方だそうなので、精霊さんとの親和性は強い筈です。
「……余程拒まない限り、祝福は切れないと思います」
「これは市井に流れた噂で、真偽は不明だが…。王女殿下はヒルベルテを救えない力は要らない、彼を返して、と。そう、泣き叫んでいたと」
旦那様は話して下さいました。王女殿下とヒルベルテ侯爵令息は政略結婚です。
ですが、関係は非常に良好だったそうです。
バーンベルク侯爵領のお祭りで、花冠を付けて領民に混ざって踊るお二人は本当に幸せそうだったと。
最後の辺は花冠を付けた旦那様も強制加入させて、輪になってぐるぐる回って踊ったそうです。
ちょっと可愛いですね。
王女殿下の元には、ヒルベルテ様が常に身に着けていた――王女殿下に贈られて、凄く大事にしていた小さなペリドットがあしらわれた黒い十字架の耳飾りしか戻らなかったそうです。
――絶望、したのでしょう。
王女殿下の力の喪失は分かりました。
問題はたくさんの聖女です。
何で魔王が聖女候補にいるんですか?
「聖女…多くないですか?」
「死刑囚に魔女に、男に……滅茶苦茶じゃないか」
「プリムラ夫人は…キーゼル殿の奥方だな。彼女は…竜族の混血だったか」
そういえば、旦那様がキーゼルという後継者候補の奥さんは目立つと言っていました。
何でも、身長が2m以上あるそうです。
「あれ?馬番さんです?」
「このクローブという者か。アヌシュカの知り合いか?」
「はい。僕を庇ってクビにされたのです。やめる前、ヴァイオレット商会の住所をくれました。僕ならここで匿ってもらえるし、字も書けるなら働いて生きていけると」
「シルヴィナ殿の経営する平民・下級貴族向けの商会か…」
「その方は、魔獣の森の獣たちが暴れる前。神のお告げがあったそうで、結界を張った方です。おかげで人里へのスタンピードの被害が無かったと」
すごいですね馬番さん。
この人は元執事さんに頼まれたからと、僕を伯爵家から逃がそうとしたお兄さんです。
貴族に逆らったら、酷い目に合うのは馬番さんの方なので断りましたけど。
結局僕が伯爵令嬢に殴られるのを庇って、クビになってしまいました。
今はそのヴァイオレット商会で馬番さんの試用期間中だそうです。
ちょっと安心しました。
「あとバルバス二重王国だと、子爵令嬢は獣人さんですね。ていうか、魔女さんまで?」
「この魔女殿が私と懇意にしている神官のいる教会に現れ、聖女候補だと言って来たと…。
有無を言わさず神の洗礼を受けさせ…『聖女』の判定が出ました。
それだけなら、魔女の術かと思いましたが…」
「そもそも、悪い魔女は教会に入れないと思います」
「良い魔女…なのでしょうか…?魔女殿を排斥しようとした神官たちは自死を試みて…2人死んでしまいました……」
「…『邪視』の魔女。そう名乗ったのですか?」
「ええ、魔女殿自ら」
自らの能力を名乗り、術の発動条件を満たす――
「でしたら、彼女に敵意を持ってその瞳を見てはいけません。彼女にしようとしたことが跳ね返ると思います」
「――お恥ずかしい話…その二人は魔女殿を撲殺しようとしました。…そして、そうする前に自身の頭を殴って死んだのです。
……騒動を治めた神官は、彼女の眼を見ても無事でしたので…」
魔女さんが教会に言った理由は分かりません。
ですが、魔女を処刑する教会に行く以上、何らかの防衛手段は使います。
司教様はしなびた様子で僕とヴィオラさんにも聖女の判定をお願いしてきました。
改めて確認したいと。水晶に手をかざしてくれないかと。
うーん。魔王だって分かったらどうしましょう?
優しい司教様を怖がらせませんかね?
……………。
僕とヴィオラさんに、聖女判定が出ました。
まさかの判定にポカンと口を開けていました。
「やっぱり奥サマ、聖女なんだ!」
「えっえっ?えっと、ヴィオラさんもですよ?え?」
「どうなっている?(魔王に)、魔女に男性に、娼婦や果ては死刑囚まで?…教会としては誰を候補とする?」
「教会本部が有力とする候補は…辺境伯夫人か…トゥーフルートの薬売りのユーフェミア様かと…。バーンベルク小侯爵夫人に関しては…、小侯爵から白紙の手紙を受け取った神官たちが失神したと」
やはり、手紙で威圧する能力者なのでしょうか。
あの、僕、魔王ですけど。もう一人魔王いますけど。
「教会は、見目の良い、若く純潔の人間の女を聖女にしたいわけだ」
「情けない事に…」
凄く失礼な話です。
あと僕、そんなに見目好くないです。ツルペタです。魔王です。
「魔女が国中…果ては隣国や、魔術でも脱獄不可能な監獄にまで術を使えるとは思えません。教会の神力減少があるとはいえ、魔女の力に対抗できないとは…。
私が確認しただけでこれだけの方が、聖女候補ですので…もっと増える可能性も……」
誰かの作為でしょうか?でも、ヴィオラさんへ精霊さんたちを無理矢理繋いでいる感じは無いです。
「今まで娼婦さんや魔女さんが聖女になったことはあるのですか?」
「……前代未聞かと…」
一番の候補だった王女殿下の祝福が消えたので、教会本部も大混乱みたいですね。
あと、ガニマタ様の神力がゴッソリ消えたのもじきに分かりますね。…これは僕がやりましたけど。
「見た目で選んで、実は(魔王や)魔女やヤバイ人ってパターンはありそうですね」
「魔女に聖女判定が出た時点で、それはあり得ますね……」
本当に顔色が悪いです。昨日聖女を拒んだことも、相当気力がいったと思います。
「司教様、まだ万全じゃないのです。少し休みましょう」
「アタシで力になるか分からないけど、神官たちの食事作り一緒にしてもいいかな…ですか?ちょっとは加護?あるんじゃないかな…です」
「いつも通りの話し方で良いんですよ、ヴィオラさん。…申し訳ないが、お願いできますか?」
司教様はヴィオラさんの心遣いに少し安心したみたいで、やっと笑顔になりました。
僕たちは司教様を他の神官さんにお願いして、今日は帰ることとしました。
帰り道、旦那様は頭を抱えて言いました。
「やれるかどうか、分からない。だが…、こういう引っ搔き回すやり方を好む女侯爵は…知っている……」
「あ」
僕も精霊さんとお話出来ます。
精霊さんと親和性の高い人を仮宿にすることは、魔王でも可能です。
あと……。
魔女が堂々と教会に出たあたり、シルヴィナ様はもう辞めたのでしょう。
諸侯王『中立派』への仲裁を。
+++++
「精霊の差別は良くないね、うん」
これも魔王の務めの一環。
堕天した精霊の特権を得たので、人間の業で減少する神の加護を補填した。
シルヴィナは率先して精霊と親和性の強い人類を、精霊の仮宿にした。
まあ、精霊の種類は限定しなかったし、神官への加護は敢えて止めているが。
教会の好む水・風・土・火・光の精霊には一時的に活動を休ませた。
無理矢理聖女へ繋がれ、疲弊していた彼らは喜んでその申し出を受けた。
ただ、聖女マリエラに鼻フックを極めた女性を気に入ったらしく、繋がれていた精霊以外の者も彼女の元へ行った。
「ぷっ、ククッ。更に塩の袋で殴ったか。面白い人間もいるものだ」
教会が忌避する闇や死、酒、便所、怒り、嫉妬、復讐などの精霊にも働きかけたので、精霊の加護を得た者に限れば聖女の基準を満たすようになる。
強い悪意を持つ者を流石に水晶は弾くし、そういった人間からは加護を切り離しもする。
(さて、どうなることやら)
ちなみに、堕天した精霊のいた教会深部の空間には、今は別のものがある。
中立派の諸侯王・序列『伯爵』クリューレーヴが、魔女から聖女が出たことを面白がってヤギや魔獣が合体した…合成獣を置いて行った。
人間が思い描く悪魔のような出で立ちの獣。
一応生きているらしいが死臭と悪臭が酷く、解体しようにも粘度の高い体液で刃が通りにくい上、耐火性が強く焼却も出来ないそうだ。
「聖女ならアレを処分できるわよ、キャハッ」
クリューレーヴはケラケラ笑ってそう言った。
聖女判定の水晶。あれは人類に宿った精霊の祝福が強ければ反応する。
魔女ベアトリスに反応したのは、彼女が死の精霊の加護持ちだからだ。
他の意外な人選もその辺りの精霊の加護によるもの。
(精霊を利用したのだ。精々翻弄されなさい)
ちなみに、元々神の遣いだった善王側の魔王にも反応する。
その辺りを知らない若き魔王アヌシュカはさぞかし困惑していることだろう。
エルル王女殿下の加護だが…それはシルヴィナが切り離した。
間接的にヒルベルテを死に追いやった力を本人が拒絶したので、彼女の精霊と交渉し加護をもらい受けた。
今のエルルは簡単な魔法障壁くらいは使えるが、力は激減。
以前のような能力は、無い。
「あの子を救えない力は要らない、か」
なら、その願いは叶えてやろう。
彼女の心からの慟哭を聞いた、メイドの口の軽さは敢えて止めなかった。
非常に都合が良いから。
――魔王に惨たらしく殺され、遺体すら残らなかった婚約者の死。
その心的要因で王女は力を失った。
世間一般はそう受け止め、それを広めた。
己とヒルベルテの排斥に掛かり、王女を手に入れる算段だった教会の一派は大慌てだろう。
――人間の癖に、人間の心が分からないとは哀れなことだ。
更に、神官の神力減少と大多数の民間人が聖女に覚醒。火消しに出ようにも、如何に保身に走る連中であろうと、国中に喧嘩を売れる程の実働隊は残っていない。
(キーゼルが徹底的に消しているからね。それと、他の聖女候補も一筋縄ではいかない)
他国の聖女を排すれば国際問題になる。相手が王族貴族ならなおのこと。
今までのように魔女と排斥しようにも、本物の魔女が聖女認定を受けており教会本部は混乱している。
まあ、それどころじゃない事態になっているが。
シルヴィナは諸侯王『穏健派』には、人類への過度な攻撃は控えるように通達している。
ただ、諸侯王『中立派』の防波堤からは手を引いた。
『中立派』――魔女の長であるクリューレーヴを筆頭に彼女らは人も食べるし呪いも食べる。
近年は人類の食文化が発展し、食人は減っているのでその辺はそれほど問題ない。
ただ、人間の人生を間接的に破滅させるのを好む、性格のひねくれた者が多いのだ。
『穏健派』エレシュカにもその性質はあるが、彼女は夫と娘に一言心から詫びればリッツ伯爵らの悪夢を解除する気ではある。
『中立派』はそうはいかない。泣こうが喚こうが陰湿な嫌がらせをやめない連中ばかり。
その辺りの防波堤をスッパリやめた。
『過激派』を抑えているだけありがたいと思ってくれ。
「まあ、連中も『穏健派』の庇護下にある人間には手を出さないからね」
精霊の加護も『穏健派』の庇護も無い教会がどうなるかは知ったことではない。
聖女はこれからもっと増えていく。
教会の忌避する場所からもどんどん現れる。
「あれだけ望んだのだから、精々好きに選ぶといい」




