35.魔王が聖女になりました。というか増殖中です。
聖女マリエラが辺境伯夫人の暴行で牢屋に収監された。
その情報を嗅ぎつけた教会本部が、秘密裏に保護に向かう。
保護し、『聖女マリエラは王命に従い正規のルートを巡礼中である。ゼフェスゾーム辺境領が聖女を貶める為に偽りの噂を流した』と流布するつもりだった。
その密偵達を捉える鋭い金の双眸。白銀が奔った瞬間、密偵たちの関節は逆方向にへし折られた。
王命に違反した聖女を強制送還させるためにやって来た、白銀の髪と金の双眸を持つエヴァンス・バーンベルク小侯爵。
エヴァンスは彼らの経典である聖書を持っていた。
「愚弟の友人の領地を荒らすな。貴様らは黙っていろ」
そして、それを鈍器に密偵たちの関節を逆方向に折って破壊していく。
顎も粉々に粉砕したので、彼らは何も喋れない。
聖女マリエラは見目美しい青年を見て、黄色い声を上げてすり寄る。
「美しい騎士様、お助k」
「害虫が喋るな」
しかし、シルヴィナ女侯爵なら多少の会話くらいはさせて貰えただろうが、エヴァンス小侯爵はその顎を問答無用で外して喋れなくした。
眼鏡をクイッと上げて、冷淡に見下ろす。
「私はサリナが望む者の言葉以外は聞かない」
(全くもってどうでもいい。サリナと自領以外は滅べばいい)
一に妻。二に母。三に母以外の家族と自領。それ以外に興味のないヤンデレ気質ではある。
(ああ、ここと義妹の愛する地が滅んでも困る)
妻がここの領主の奥方との交流を楽しみにしているのだ。
妻の意外な一面を引き出した奥方に妻は会いたがっている。
愚弟が死んでから、義妹も腰の重い貴族共を取りまとめている。
優しい妻は義妹の事をとても気にかけている。
(ふむ、面倒だがサリナの幸福の為だ)
母からは聖女や教会の問題に関して、『次期侯爵のやり方で構わない』と告げられている。
そうしてしめやかに聖女マリエラの回収手続きを終えた。
立ち合いに愚弟の友人の辺境伯と、…夫人が居た。
小柄で、サリナには劣るが彼女が好む顔立ちをしている。
辺境伯夫人は何と聡い事に、サリナが花を愛でることを知っていた。
愚弟の施した護符のタッセルで夫が助かったことをきっかけに、妻の瞳の色と同じ花をあしらったタッセルを贈ったのだ。
出来はまずまず。まあ、愚弟の友人が奥方と仲睦まじい様子だと手土産にすれば、優しい彼女の憂いも少しは晴れるだろう。
「今回の件が落ち着いたら我が領に来るといい。妻が夫人との茶会を望んでいる」
サリナへ良い土産が出来た。
これでこの糞共との王都への旅路も少しは気分が良いものになる。
(あんなに喋った小侯爵は初めて見た…)
絶対零度の魔王の口角が上がっていた。2ミリ程。
(ご機嫌でした…良かったです…)
諸侯王・序列・現『騎士』、次期『侯爵』エヴァンス・バーンベルク。
威圧感が半端なくて、アヌシュカはよろよろとオルトスの足にしがみついた。
「でかした、アヌシュカ…」
「はい…」
オルトスはアヌシュカを抱え上げ馬車に向かった。
アヌシュカを気に入ったらしい小侯爵。アヌシュカ関連で不義理を働けば本気でもがれかねない。
「アヌシュカ。貴族社会には我々へ良からぬ目を向ける者もいるだろう。
…俺も君も、そんな輩を寄せ付けない処世術は身に付けて行こうな」
「はいっ、旦那様に愛人の付け入る隙を作らないようにしますっ」
ふと、何かに気付いたようにアヌシュカは言葉を紡ぐ。
「ですが、ダリアから旦那様の障りを治したりするのを3年禁止とされています。
貴族へ夫婦円満を見せるなら、夫婦の営みは許可を得たほうが良いのではないでしょうか」
ブフォッ!
オルトスは噴き出した。
アヌシュカは純粋な気持ちで、貴族間での初夜の重要性を問うている。
「その、それはだな、アヌシュカ。……まず、君がいくら魔王でも、身体はまだ成長途中だ。身体にどんな負担が出るか分からない。
歳の差があるならなおのこと、伴侶の身体を気遣うのは夫として当然のことだ。ダリアの言い分は正しい」
「そうですか。早く成長して、旦那様の障りを解消できるように頑張ります」
帰宅後、追い込み気味の鍛錬と水垢離をするオルトスがいた。
「15の妻に何処まで肉体的な接触をするのが適切なのか分からん」
「どんだけ拗らせているんですか主。まあ、手つなぎやハグ、キスでしょうね」
「……」
「主?」
「非礼を詫び、大切に思う証明にと口付けはしました」
「こわっ、何で敬語!?」
「その時、アヌシュカに口付けのおねだりをされました。……可愛すぎて、死ぬかと思った。理性が」
「3年我慢してください。ダリアメイド長を筆頭にもがれますよ」
「うん」
+++++
翌日、旦那様と一緒に教会へ行きました。
「そういえば聖女はどうなるのですか?」
「王命に背いてのルート変更。その先で従者による辺境伯夫人への暴力行為の傍観。
本来ならば聖女として辺境伯夫人に治療すべきだが、それも無く辺境伯夫人へ謝罪すべきだという領民の発言も無視。――更に、神力がゴッソリ消え失せている」
「精霊さんをあのままにして置けませんでした」
「そうだな。…聖女の素質そのものが失せている以上、教会もこれ以上庇いたては出来まい。
なので、王命違反による王家の管轄下に入るだろうが……」
旦那様は第二王女殿下が教会の聖女になる可能性を懸念しています。
婚約者が亡くなったので、その打診はあるでしょう。
尚、聖女を王都に連れ戻す道中。
何度かバーンベルク小侯爵に刺客が差し向けられたが、全員返り討ちになり小侯爵側の手で回収。
スタンピードを誘発させるも、魔獣の森の獣たちは興奮状態になっても何者かの結界が作用して森から出ることは無かった。
教会に到着して馬車を出ると、旦那様は不思議そうです。
「前に来た時よりも空気が澄んでいるような…、心地の良さがあるというか…」
「そうなのですか?」
お掃除、皆さんで頑張りましたからね。それででしょうか。
「猫ちゃ~ん、いないの~?」
ヴィオラさんが、猫じゃらしと魚の干物を持って教会の茂みやらをウロウロしていました。
「ヴィオラさん、お怪我は大丈夫ですか?」
「え!?奥サマ!?ダメじゃないの‼一週間くらい休んで良いって言ったじゃないか‼」
怪我は?大丈夫かと聞いてくるヴィオラさんは優しいです。
「あ!?領主サマ!?ダメだよ、奥サマ休ませないと‼大男に蹴られたんだよ!?」
「む…それは、申し訳ない……」
旦那様相手に一歩も引かないのは凄いです。
『あー、居たー』
「え!?猫ちゃん!?」
ヴィオラさんは猫じゃらしを取り出して僕の後ろを確認しています。
「猫ちゃんですか?いるんですか?」
「あ、そうなんだよ奥サマ。昨日はあのガニマタ聖女に気を取られていたけどさ。教会の傍で子猫の鳴き声がしていたの。あの騒動で見つけられなかったから、仕事の合間に探してたのさ」
『猫じゃないよー』
ヴィオラさんが目を見開いて、僕の肩に乗る精霊さんと目を合わせています。
「え?ええ?…妖精?精霊?可愛い…」
『この人と一緒が良いー』
『落ち着くー』
「えっと…」
聖女の素養として、精霊に愛されることがあります。
ヴィオラさん、聖女の素質がおあり?
「…司教様とお話ししましょうか」
「その方が良いだろうな。…まさか、二人目の聖女候補が現れるとは」
「え!聖女!?…精霊さんは可愛いけど、何か嫌だよ」
「その辺りは、ヴィオラさんのお気持ち次第です。僕もあんまり聖女にいい印象無いので」
「そうだな、俺も妻を馬鹿にした聖女には良い気がしない」
+++++
司教様とヴィオラさんも交えてお話をしていると、とんでもないお話を聞きました。
ヴィオラさん以外にも、聖女の力に目覚めた人たちが急増しているそうです。
「能力に個人差はあるのです。治癒に特化したもの、肥沃の大地にするもの、魔物避けの結界に特化したもの…。
彼らのいずれもが、歴代の聖女と同クラスの神力を持っています」
神官さんの神力減少はそのままですが、抜きんでた神力に目覚めた民が増えたそうです。
「彼ら?」
「ええ、男性も聖女として覚醒しています。
私の方で確認できる範囲ですが…辺境伯夫人もその基準を満たしております…」
「?僕は違うと思いますよ?」
そもそも魔王ですし。
「いえ、魔王の呪いを解呪したのですよ、適正はあります。精霊と親和性の高いヴィオラさんもです」
司教様は確認できる範囲の聖女候補をリストにしてくれていました。
――…。
ファインブルク王国王都:エルル・ティア・シェレンベルク王女(16)
→婚約者を亡くした心的要因にて能力が消失
同王都:墓守アイビー(18)
アヌシュカ・ベルンシュタイン辺境伯夫人 (15)
同辺境領民:ヴィオラ(19)
バーンベルク侯爵領:次期当主エヴァンス(22)
サリナ・バーンベルク小侯爵夫人(20)
バーンベルク侯爵領民:プリムラ(20)
リッツ伯爵領元馬番:クローブ (25)
バスラの花街・娼館の主:ベラドンナ(42)
バスラの花街・娼婦:リコリス(17)
トゥーフルートの薬売り:ユーフェミア(18)
バルバス二重王国留学生:フォクス・フェイス子爵令嬢(15)
グリンホルン共和国留学生:ヴィルヘルム(17)
魔女の渓谷『邪視』の魔女:ベアトリス(??)
アルカディア監獄:死刑囚ルーベル(22)
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