32.魔王なので、神様のお力になります
「辺境伯夫人。夫人が手伝ってくださるようになってから、魔王の穢れで苦しむ民が減りましたッ」
(教会の神官が魔王に感謝している…)
カレンは恐らくそんなことを考えています。
……疲れました。とても疲れました。
シルヴィナ様から人類への最終忠告文を貰って、肝が冷えました。
人間はそれだけの事をしました。
自分たちの邪魔になるからと、バーンベルク侯爵に神の裁きを乞うて、ゼフェスゾームの山脈に神を降臨させたのです。
…実際は、真なる魔王の封印していた諸侯王・序列『君主』ですが。
どう曲解したのか人間も、教えた精霊も。神の山脈には神が眠ると思ったようです。
何人もの巡礼者に旅の加護と称し召喚術の術式を施して、そこに向かわせました。
ゼフェスゾームの山脈には神殿があり、巡礼先でもあります。
近年発見された神の足跡だと教えられた是非行ってみたいと言っていたのを、旅先で話したそうです。
巡礼者さんたちは、純粋な神様の祈りで山に向かいました。
心から、神を愛する善の心で。
まさか、自分の身体を食い破って、神と相対する魔王が降臨する何て思ってなかったでしょう。
山の先住民を殺し、村々を襲う魔王の眷属が暴れるとは思いもよらず。
彼らの心を我欲で利用しました。
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旦那様がゼフェスゾームの山脈の探索を広範囲に広げたところ、シルヴィナ様に『調査』を命じられて山脈に放り込まれ痩せこけた王太子から新たに情報を得ました。
魔王出現の少し前の時期に山に入った多くの巡礼者が遭難死しており、幾つかの原型の残ったご遺体には不発に終わった魔王召喚の術式が施されていたそうです。
調査隊もそういったご遺体を発見しました。
広大な山脈です。多くの『種』をばら撒き、芽を出させた。
ただ、自分たちの権威保持の為に、無辜の信者や多くの無関係な人を沢山死なせた。
大がかりな謀略の為に、旦那様も傷つき、シルヴィナ様の大切なものを奪った。
下手したら、この国の人間を皆殺しにしてもおかしくないくらいの怒りです。
魔王ですから、それくらいは出来ます。
でも、ヒルベルテ様が大切にしたものの為に耐えています。
魔王討伐は成功しました。なので、次があると思います。
ああいう人たちは、『神様』を引き当てるまで諦めませんから。
僕に出来ることはやっておかないといけません。
疲れたなんて弱音はいけません。辛くて苦しいのはシルヴィナ様や、婚約者を失った王女殿下や大切な人を失った人たちです。
シルヴィナ様の指定した期間まで、僕は辺境伯夫人のお仕事です。
旦那様は神官の神力減少問題を懸念しています。
次の悪いことがあった時、神様の加護が無いと人々が辛いことになります。
なので、僕は偵察もかねてお手伝いに来ています。
と、言っても本部の意見に反論して左遷されたのが今の司教様です。
信仰心のある人の手助けはしておきたいですね。
神力減少に関しては、別の形で力の補助をした方が良いです。
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旦那様の魔障の治療もようやく終わったので、僕は辺境伯夫人パワーも駆使しつつ教会のお手伝いが出来ます。
古代の神官さんが作った魔障緩和のレシピをやっと見つけました。僕も聖書の下りはうろ覚えなので、教会の書庫や辺境伯の図書館をひっくり返して探しました。
「神の血であるワインと神聖な果実やハーブで作った葛湯です。昔の神官様は魔障の治療の前にこれで患者の体内を清めて居たそうです」
「ああ…子供のころ、神官様が飲ませてくれたものです…何と懐かしい…」
司教様は無くなった製法が蘇ったことに、とても感謝してくださいました。
アルコールが飛んでいるので、子供も大丈夫です。果物の甘味もあるので飲みやすいですし。
身体を温めたほうが、人の生きる力も底上げしやすいです。
教会の歴史に則ったやり方が受け入れやすいと思いました。
以前よりも患者への神力が通りやすく、魔障の治療の効果が上がったそうです。
…ここの神官さんたちは信仰心が強いのに、何故神力が減るのでしょう?
堕天した精霊さんはいなくなったのに。
兎に角、神様のご機嫌を取るためにも、掃除で神様の仮宿を過ごしやすくする。
食事で患者自身の自浄作用を強めて、教会の力で良くなったと信仰心を上げる。
そう云ったことも取り組みましたね。
『君たちは神を敬っているのだな。それと、あのお金は君の為のものだ』
旦那様も忙しいので、お手紙が来ました。僕が神様に親切なことに驚いていました。
あと、維持費の使い方は僕のドレスとかの事らしいです
教会への資金援助はしているのですが、如何せん患者が多くて治療に手一杯で、お金は手付かずだったみたいですね。
手が空いた時間に司教様と新しい管理人さんと一緒に、これから必要になる備品なんかの書類も作りました。
司教様も目覚めましたが、無理はさせられません。
途中からは休んでもらって僕と管理人さんが纏めていました。あとで司教様が確認してハンコを押せばよいです。
あと、旦那様へお返事も書きました。
『世界の秩序を保つのは、神様も精霊も人間もみんなで協力しないと成り立ちません。
維持費はすみません。でも、領地の人たちが清潔に過ごすのは良い事です。これを続けていくことが大事です』
使った薬草も多いので、その辺はギルドの人たちと相談です。
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弟たちを守って顔に傷を負ったことに後悔は無かった。
左の半分はやけど痕のように皮膚が突っ張ったように歪んだけれど。
まあ、魔障の傷が痛んで仕事が長続きしないのは困った。
アタシは髪も錆色でくすんでいるし、器量も良くない。
痛みを堪えながら働いて、働いて、気付いたら路地裏で気を失っていた。
「――…ディル、こっちです」
目を覚ますと、あの酷い痛みは無くて。
夜空の星のような瞳の可愛らしい銀髪の天使が、アタシの醜い傷跡に触れていた。
……天使ではなくて、辺境伯夫人だという。
気付けば魔障の痛みは消えていた。
そんな身分の人に汚いものに触らせたことが申し訳なくて咄嗟に謝った。
でも。
「大事な人を守るためのお怪我です。何処も汚れていません」
その瞳は真っ直ぐで、優しい。
小さな手のひらでアタシの顔に優しく触れてそう言った。
奥サマは変わった人だ。
アタシらみたいな魔障で仕事が長続きしない連中に仕事を与えて、自分も混ざって清掃に勤しんでいる。
神官に混じって魔障の治療も担っている。
分厚い本やらを持ってちょこちょこ動く姿は危なっかしいけど、小さな奥サマはアタシらの生活を良くしようと頑張っている。
奥サマの浄化の祝福で、左目の視力が少し戻った。
もう見えないものと諦めていたから、涙が出たよ。
ちょっとしたお礼に、祖母直伝の平焼きパンを差し入れたら、無表情だけど、ぴょんぴょん跳ねてすごく喜んでいた。
「師匠のパンです、綺麗です!ヴィオラさんありがとうございます!」
何で優しい奥サマが聖女じゃないんだ?
あの聖女、アタシが教会に治療を受けに来た時も酷かった。
すっごい嫌そうな顔して、離れた場所から適当に祈って。そそくさと帰りやがった。
野郎には丁寧に治療していたけどね。あからさま過ぎでそいつらも困惑していた。
領主様の魔障の治療も放棄して逃げたらしい。
嫁いですぐに領主様の呪いの治療した奥サマとは大違いだ。
……でも、領主様は、特にひどい呪いを貰ったらしい。
あんなに働いて、奥サマが倒れないか心配だよ。
また、パンでも差し入れようかな。
目の感覚も戻って来たから、もっと凝った模様のパンを作ろう。




