26.若き妻に翻弄される夫 深まる疑惑
「奥様、領民の魔障の治療は旦那様に相談してからですよ。
それと、もし許可が出ても、治療の頻度は日を空けてくださいませ。
悪い感情を摂ると、料理長の食事が食べられませんでしょう?ふわふわのシフォンケーキを、奥様も料理長も楽しみにしておいでなのですから」
ふわふわ…。はっ、いけません。旦那様に相談ですね。
でも、意外と乗り気ですね、ダリア。即断られると思っていました。
後で、カレンがコッソリ教えてくれました。
ダリアのお母さんが魔障を受けて、咳の病と併発して苦しんでいるそうです。
教会で治療をしているけれど、治りが良くないそうです。
「ダリアのお母様に会って、どんな感じか診ても良いですか?」
ダリアをまた泣かせてしまいました。でも、診て欲しいとお願いされました。
……ゼフェスゾーム辺境領は北の地にあります。寒いです。
もしかしたら、それも原因かもしれません。
旦那様は身体の痛みが落ち着いたので、今日は執務室でお仕事です。
承諾を得たのですが、あんまり視線を合わせてくれません。
やはり、嫌われたのでしょうか。
「いえ、アレは恥ずかしがっているだけです」
「?」
「奥様に抱っこされたり、抵抗して押さえつけられたのが恥ずかしゴフッッ!?」
ミュゲが旦那様に殴られて吹っ飛んでしまいました。
でも、へっちゃらみたいですね。
多分、攻撃されるときに、威力を分散する動きで跳んでいますね、ミュゲ。
「………アヌシュカ」
「はい」
旦那様が僕の目線に合わせて身体をかがめます。
「その、君のお陰で、痛みは無い」
「良かったです」
「…あまり、無理は…しないように」
「旦那様も根を積めないで下さいね。お顔が真っ赤です」
体調が悪いのでしょうか?おでことおでこを当ててみます。
「?お熱は無いですね?」
「奥様、手加減してくださいね。うちの主は初心なので」
「?えっと、疲れに効くお茶を調べてみますね?」
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魔王が死ぬ前に残した厄介な呪いの治療。
分かっている。
アヌシュカが純粋に治療目的なのも分かっている。
だが。魔障の痛みが薄まった頃から、痛みより別の感覚が襲ってくるようになった。
アヌシュカに甘噛みされる感覚、肌を食む感覚。漏れ出る吐息。
呪いを喰らった後の、いつも無表情のアヌシュカの頬が紅潮する様。
解呪の疲れで己にもたれかかって眠る、無防備であどけない寝顔。
悲しいかな、要らぬ欲望が湧き出てしまい、酷い罪悪感に駆られている。
(そもそも、初夜で愛することは無いと言った手前、何と身勝手で図々しい…‥)
夫婦ならいいだろうと割り切るには、アヌシュカは華奢で年も若く、成熟してはいない。
魔王だから頑丈だというが、妻は15歳の少女なのだ。
順序立てて関係を構築するべきだが…。
治療目的とはいえ、順序をすっ飛ばして夜通し愛撫される状況は、生殺しにも程がある。
なので、アヌシュカの解呪から始まり眠りが深くなるまで。
精神統一の為、騎士道精神を繰り返し心の中で叫んでいる。
(勇気と名誉!いかなる状況でも正々堂々と振る舞い、名誉を重んじる!)
(高潔さと正直さ!正直で高潔な振る舞いを心がける!)
(寛大さと博愛精神! 寛大で気前が良く、博愛の精神を持つ!)
(礼節正しさ! 礼儀正しく、特に婦人への奉仕…礼・儀・正・し・く・を美徳とする!)
そして、妻が寝静まったのを確認し、浴室に向かい、冷水を自身にぶっ掛けて水垢離とし、筋トレに移行し諸々の感情を打ち消す領主が居た。
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「奥様は馬鹿力を持っていますが、ご自身の事に無頓着ですからねー。旦那様の欲求不満を素直に受け入れてしまいそうで、よろしくない。あ、腕立てお疲れ様です」
「……それがあるから己を律しているのだ」
「……あと、主。こちらが届いています」
その家紋はバーンベルク女侯爵のものだ。
女侯爵の要件はいつも突飛なものだが、これは更に不可解な記述がされている。
『やあ、坊や。若い妻に翻弄されているそうじゃないか。
それなりに妻へ好意を持っているようで結構なことだ。
君は国を守る要だ。伯爵程度で尻込みされては困るのだよ、英雄殿』
何時ものからかい交じりの文面。その言葉に違和感があった。
『伯爵』『英雄』、これを結びつける女侯爵の手紙の文面。
――魔王には序列があり、オルトスが倒したのは……。諸侯王『伯爵』。
『君は息子の友だ。だから、賭けに選んだ。――不快に思うか?
そんなことはどうでもいいのだよ。
人類は禁忌を侵した。私も、人類から手を引くつもりだったのだよ。
だが、君を放って置けなかった私の息子は、最善の未来を選んだ。
だからこそアヌシュカと君がどうなるか、私たちは賭けをしていた。
賭けは私の――否。ヒルベルテの勝ちだ。実に不本意なことにね。
母として我が子の想いは汲むこととしよう。未来の嫁もやる気であるから。
君たちがアヌシュカを粗末な小屋に放り込んで虐げるような事でもすれば、私は面倒事を全て投げてしまえたのに、少し残念だ。
まあ、エレシュカが君たちの初夜で爆笑していたので、彼女も溜飲は下がったようだ。
君は随分とアヌシュカに翻弄されているようだ。それも面白い。
それだけ元気なら、こちらの用事を頼まれてくれるね。
私は三日後に虹の橋を架ける。
奥方と新婚旅行がてら行ってくるといい。案内するよ
――シルヴィナ・バーンベルク女侯爵』
有無を言わせない文脈とは真逆の、ふわふわとした表現。
長く親交のある女侯爵の正体に感づいたオルトスは、どうにか平静を保つ。
魔王。――諸侯王のひとり。
それも、賭けを采配出来る程度に上位の……。
ならば、より疑念は強まる。
何故、最も被害を受けたのがバーンベルク騎士団なのか。




