25.聖女とは
オルトス・ベルンシュタイン辺境伯が魔王の呪いから回復し始めたことは、世間一般に広まった。
「オルトス様が回復した!?」
それは、魔王の魔障痕に怯え、逃げ帰った聖女の耳にも入った。
「まあ!私の祈りが通じたのだわ‼」
聖女マリエラ。癒しと浄化の力を持つ稀有な存在。
と、教会は触れ回っているが、回復魔法と浄化に秀でたエルル・ティア・シェレンベルク第二王女が既にいる。
そもそも、回復魔法も浄化魔法も一般魔法となっている上、聖女の祈りも心から神に願わねば意味を為さない。
それでも教会は自らの権威の保持のため、神の使いたる聖女に固執していた。
聡い王女を教会は御せない。
だからと、失礼ながら頭の弱い娘を、教会の手駒にしたのだが…。
教会はこの聖女を持て余している。
聖女が得た祝福のひとつ、『魅了』。民衆を誘導するには最適だと思った。
だが、欲深い聖女は司祭を黙らせ、教会や魅了した貴族の金庫を開けさせて好き勝手動いている。
献金と称して貴金属を貢がせ、魅了された男たちを侍らせるにとどまらず。
聖女の名をかざして献身活動という体で炊き出しを行い、事件を起こした。
大通りの治安が悪化と食中毒での汚物騒動。
自分は悪くないと逃げる聖女。
その尻拭いは、王家――第二王女とその婚約者が取り仕切った。
教会の信用はガタ落ちだ。
再三、節操のない聖女は王都に留めず、国の巡礼で聖女の自覚を持たせるようにと、王家の要請を撥ねつけた結果がこれだ。
汚物騒動で病にり患した国民を、汚物だと拒絶し引き籠る聖女。
慰問し、手を握って寄り添い看病に徹する第二王女。
吐しゃ物で病の温床となった衣服など。私財を投じて平民たちの衣服や寝具を一新した王女の婚約者。
いつしか、第二王女エルルと婚約者ヒルベルテ侯爵令息を『真の聖女とその伴侶』と崇めるようになった国民は多い。
現在、教会は聖女の悪印象の払拭の為、国内巡礼で王都から引き剥がし各所を巡らせている。
しかし、彼女に魅了されたままの信仰者を厄介払いでお付きにしたので、聖女の性根はそのままだ。
彼女は行き先をゼフェスゾーム辺境領へ変えた。
「あの悪女からオルトス様をお救いせねば!」
アヌシュカの過去の悪評を鵜吞みにしたまま、聖女はオルトスの元へ向かう。
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旦那様の魔障痕も良くなってきました。
治療は後1、2回位でしょうか。
侵食した魔障で失明していた右目も、少しずつ見えるようになったそうです。
元通りに治せないことを謝ると、逆に謝れてしまいました。
魔王だと知って怒った時、旦那様の怒りを受け止めるつもりでしたが、そんなに怒らなかったです。旦那様は優しい人です。
それをダリアに伝えると、酷く悲しそうにして抱きしめられました。
僕が魔王だということは、その場にいた旦那様、ミュゲ、ダリア、カレン、主治医ハンスさんの秘密にしようと言われました。
「もしも僕が処刑されても大丈夫です。死の世界に行っても旦那様の魔障痕は治しに来ます」
「……奥様が酷い目に合うと、私やカレンたちの心が痛むのです。一生、その痛みは続きます」
ダリアは胸を抑えて苦しそうです。心臓が痛み続けるのは良くないですね。
「わかりました。秘密にします」
そう伝えると安心してくれました。……あ、でもどうしましょうか。
お外を見る限り、領内もあまり良くないです。
奥様のお仕事をしなければなりません。
「ダリア、思ったよりも辺境領の魔王の魔障の残滓が強いです。領民の魔障を治してもいいですか?」
「い…いけません‼辺境伯夫人が領民の肌に口を触れるなど…‼」
ダリアに速攻で拒否されました。あ、誤解されていますね。
「旦那様にかけられた魔王の呪いは死の前の呪いです。恨みつらみが凝縮された良くないものです。
なので、噛んで吸い出さないと無理でした。寄生先から剥がされた呪いが暴れて被害が出ます。
領民のものは無作為に振りまいたものなので、手で触れて引っこ抜く感じですよ」
「手で…、それならば問題ないかと。その、そんな強い呪いを奥様のお身体に留めて、本当に大丈夫なのですか…?」
「序列的には下の王なので平気です。
ちょっと説明が難しいですが、数日身体に留めて、僕の魔力に還元します。
余剰分はマナに還元して、自然に戻ります」
「…奥様が聖女では?」
「?違います。聖女に関しては神様の領分です。
あ、僕の父と母とで、教会に行った時。洗礼を受けた時に、浄化の祝福は得ていますよ」
「まあ…」
それも、母が諸々手を回したのだと思いますけど。
「でも、それだと特定の人に頼りきりです。誰かに何もかも負わせるのは、人の為になりません。魔障の対策は人でも為せます。幾つか昔の神官さんや魔術師さんがやっていた対処方法を知っていますので、領内に広めて欲しいのです」
何故かあんまり広まっていません。
現代では存在しない薬草などは、別の類似品で補填するので調べ直した方が良いでしょうけど。
「……やはり、奥様が聖女ではないかしら?」
「?」




