23.善の魔王②
「それにしても…72体の…魔王……、か……」
英雄の名声に溺れるつもりはないが、途方もない敵の数に目の前が霞む。
「旦那様がたくさんを倒す必要は無いです。
魔王も眷属も、平和に過ごせるに越したことは無いです。国や生き物があるだけ治める王が居るだけです」
アヌシュカの言葉は単純明快だった。
「旦那様は人を襲う魔王や生き物を倒したらいいのです。でも、大人しくしている魔王や生き物にむやみに酷いことをしてはいけません。怒って反撃はします」
その辺りは人間同士の戦争の駆け引きや獣害とあまり変わらないように思えた。
オルトスが戦うのは領民を魔族や害獣、果ては敵国の悪意から守るためだ。
むしろ、世界の秩序を保つなら、神か精霊の名で呼んだ方が良いのでは?
魔王というからややこしい。
「?王様の許可なく名乗りを変えるのは良くないです」
真なる善の魔王が封印されているので、名称変更はしないそうだ。
「今回旦那様が倒した魔王は悪王側です。人を食べる魔王は悪い奴なので、倒してくれて感謝です」
ペコリ。アヌシュカはオルトスに頭を下げる。
「つまりは旦那様が倒した魔王が、奥様に憑依したわけではないと」
「…怒りますよ、ミュゲ。侮辱です」
情報を全て飲み込み切れてはいないが、アヌシュカは人喰いの魔王を相当毛嫌いしているようだ。
今もミュゲの両頬をつねって、無表情だがプンプンと怒っているらしい。
「痛てて…。ちなみに、その魔王の力で嫌がらせしてくる親族を、どうにかしようと思わなかったんですか?」
ミュゲも懲りない奴だ。
「?大したことはされていませんよ?」
ミュゲの問いかけにアヌシュカはきょとんとしている。
ミュゲも、ダリアもカレンも表情を曇らせている。
「大した事…。大したことだ、アヌシュカ」
嫌がらせ――否、普通の令嬢ならば耐えられない虐待だ。
頭の傷は鈍器で殴打されたもの。背中の傷は乗馬鞭で出来たもの。
薄っすらとなってはいるが、背中には広範囲のやけど痕もあった。
魔王の再生能力と耐久性があるとはいえ、加減の無いそれは死に繋がる。
完治した傷には、そういったものもあったのだろう。
父が人間ならば、半分は人だ。
……人間である父を早くに亡くしたからか、伯爵家で人間の扱いを受けなかったからか。
アヌシュカの人間性はそれほど育っておらず、魔王としての価値観が強い。
だが、スープを食べて父を思い出し、料理長やメイドたちを気遣う優しさは人間のソレだ。
本人曰く『怒る』行動も、あの暴虐の魔王に比べればとてもとても小さいもの。
「旦那様?」
オルトスはアヌシュカをそっと抱きしめる。
彼女は己を突き放した男の呪いを解呪した。
何の見返りも求めない…優しい人間なのだ。…己の妻だ。
「俺にもミュゲにも失礼なことを言われただろう。君が今度怒るときは尻でも引っぱたいてやれ」
「?旦那様は優しいですよ?ミュゲにも怒りましたよ?」
「優しくない。始めてくる土地に来て、不安な君を突き放した。酷いことを言った」
「辛いのは旦那様です。魔王の呪いが痛くて辛くて、もっと辛いことを抱えていたので言いたくないことを言ったのです。
いっぱい辛くて、どうなるか分からなくて、一番怖い思いをしたのは旦那様です。
……旦那様?痛いのですか?」
オルトスはアヌシュカを抱きしめる腕に力を籠める。
「大丈夫です、タッセルも直せます。旦那様の精神を蝕まれないように、これを作った人がずっと守っていました。その人の想いを魔王に邪魔させませんから」
「…………」
――守られていた。
折れてしまいそうな華奢な身体の少女に、己は守られていた。
友の想いを汲み取り、己を守ると告げている。
自分より小さな少女が、身体を張って不甲斐ない自分を救おうとしている。
その小さな身体で、もう死の恐怖に苛むことは無いと抱きしめてくれる。
己の何と狭量な事か。――本当に情けない。
神の加護を得た聖女にすら己は見放された。…魔王だから何だというのか。
「ありがとう、アヌシュカ。――ありがとう……」
(――彼女の痛みに寄り添おう。人の痛みに誰よりも優しいこの子が、心のままに過ごせるように…守っていこう)
彼女の生まれも血も関係なく、彼女自身を見極め接していこう。
――それでいいな?友よ。




