21.妻は魔王?
「――奥様に魔障の影響は無いですね」
七日後、旦那様の要請で魔塔の魔術師さんがやってきました。
「そうか……、良かった」
「ついでに、辺境伯も魔障の影響が薄くなっています」
旦那様をついでという魔術師さんは態度が悪いです。
「吸って如何にか成るものなのか?」
「その辺り、奥方に確認しても?」
魔術師――ノアさんが面白そうに聞いてきます。
「何故呪いを食べようと思ったんでしょう?」
「お仕事です」
魔王ですからね。その位はしないと。…?
何故、『食べるのか』を聞いたのでしょうか?
「アヌシュカ…魔王の呪いを吸って無事な筈が……」
「大丈夫です。僕は魔王なので」
また旦那様たちを沈黙させてしまいました。
+++++
アヌシュカの言葉を理解するのに時間を要した。
魔王?己が倒した筈だ。…妻に憑依した?
「君が…魔王?」
「はい」
バーンベルク騎士団に甚大な被害を及ぼし、友に惨たらしい死を贈った魔王…。
一瞬。アヌシュカに対して怒りが沸いた、剣に手を掛けたその時。
バツンッ。
胸元に付けていたタッセルの組紐が盛大に弾けた。
思わずそちらに視線が向かう。
『お前に嫁さんが出来る願掛けをしてやろう』
(ヒルベルテ……)
友の形見が形を失っていく。
瞬間的に沸騰した心だが、一気に熱を冷ます。
弾け、解けたタッセル。己の怒りを制するように、ただの紐になってしまった。
『――奥さんの人とナリを、テメェの目で見極めて接していけよ。出身だとか血とか、そういうので差別すんな。ちゃんと嫁を見ろ』
そう言われた。そんな気がした。
決めたばかりだろう、友の想いを汲み取って妻に接すると。
(……彼女がここで何をした?)
かの魔王がしたことになぞらえて、心の中で問答した。
人間を食い殺したか?
――否。…噛まれはしたが、体調が良い。
使用人や領民を虐げたか?
――していない。むしろ、ここに来る前に虐げられたのは、彼女の方だ。
自領に魔障の被害が出たか?
――アヌシュカの助言に沿った結果、魔障の被害報告が減少傾向にある。
彼女は、命を持って償わなければならないことを何もしていない。
コロンと落ちたタッセルの黒い石を、アヌシュカが拾ってオルトスに差し出す。
「旦那様。旦那様の大事なものです、どうぞ」
ダリアとカレンが、アヌシュカをその身で隠すように庇っていたので、小さな細い腕だけが自分へ石を差し出している。
「旦那様はこの地を守る長です。必要なら、その剣を使って構いません」
怒りの形相を見せたにもかかわらず、アヌシュカは真っすぐにオルトスを見つめていた。
その表情に、恐れも怯えも無く。
静かな決意を秘めていた。
――あの魔王と、何もかもが違う。
「どうして、魔王と名乗った?…違うな、俺の言い方も…良くないな。
大切な友人を失って冷静で居られずに……何も知らずに怒った」
この国では悪魔とされても、他国では神として信仰することはある。
「君の言う魔王とは、どんなものなのか…俺は知らない。――教えてくれ」
「はい」




