幕間 とあるリッツ伯爵家 元執事の話
旦那様がアレン様の忘れ形見を引き取った時、安心致しました。
何度大旦那様たちにお体の不調をお伝えしても、ないがしろにされてきた次男アレン様。長い間失踪したアレン様が、市井で亡くなったと聞き及びました。
――人づてに、アレン様から市井で家族が出来て幸せだから爺やは心配しないでと、言付けを貰った数年後のことでした。
その御子を引き取った旦那様に、兄としてほんの少しの情を期待いたしました。
ですが、考えが甘かったのです。
「アレに淑女教育をさせておけ。好色な金持ちに売りつけるにしろ最低限の礼儀は必要だ」
旦那様はアレン様の忘れ形見を、道具として見ておいででした。
アヌシュカ様は淑女教育の飲み込みは早かったのです。…ご自身を『僕』と呼びは致しますが…。礼儀作法は正直、旦那様のご息女よりもキチンとされておりました。
それが気に入らなかったのでしょう。
ご息女はアヌシュカ様を平民だと罵り、乗馬鞭で叩きました。
アレン様の忘れ形見です。必死に割って入って止めました。
ですが、アヌシュカ様に庇わないように言われました。
「僕は丈夫だから平気。執事さんはお爺さん、ケガしたら辛い。ダメ」
ご自身も手の平や…顔まで叩かれたのに、私のような使用人の心配をしてくれました。
家主が寝静まった後、アヌシュカ様のお怪我を治療していると、アレン様との生活を話してくれました。
私のような老いぼれの頭では不可思議な話ばかりでしたが。
「――母は、父の事が大好きでした。父の病気が再発して、魔王でも干渉できない宿命と気付いて。…父と一緒に行くと決めました。
父は母に、苦しくても良いから家族で病気と闘わせて欲しいと言っていました。僕と出来るだけ長く生きることを選んで、苦しそうだけど幸せの感情でいました。
母は父と行く前に、僕に贈り物くれました。母が望むなら良いです。
ただ、父のスープ。もう飲めないの、残念です」
アレン様が、ご家族と最期まで幸せに過ごしたことは理解できました。
…御子を遺していくのは辛かったでしょう。
これからは私めがアヌシュカ様をお支えしなくては。
――そう、思っておりました。…旦那様に解雇されるまでは。
私と、アヌシュカ様を庇っていたメイドたちも紹介状無しで解雇されました。
あの家に残されるアヌシュカ様が不憫で、修道院の住所を書いたメモをこっそり渡しました。酷いことをされたら、ここに逃げて欲しいと告げて。
メイドたちは日持ちするお菓子を渡しておいででした。
当面は日雇い仕事を覚悟しておりましたが、隣国である二重王国の獣人族の貴族に私たちは再び使用人として雇われました。
待遇も良く、お陰で家に仕送りが出来るとメイドたちは喜んでいました。
何故紹介状も無い人間族を雇うか疑問でしたが、旦那様にはこういわれました。
「我らが信仰する神獣エレシュカ様のお告げがあった。お前たちは良い働き手だと。貴族の書く紙切れよりもずっと重要なだけだよ」
私はその神獣さまに思わず祈りを捧げました。
アレン様と添い遂げたという奥様の名がエレシュカ様と言いますから。
不思議なご縁があるものです。
神獣さま、どうかアヌシュカお嬢様のこともお守りください。




