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愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<IFル-ト>
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番外編 櫛と疑惑(1)

大変申し訳ありませんが、以前掲載しておりました番外編「花言葉と祝福の花束」は作者の都合により取り消しさせていただくこととなりました。機会があればまた掲載するかもしれませんが、「櫛と疑惑」でこの番外編は終了となる予定です。楽しみにしてくださっていた方々には、重ねて謝辞を申し上げます。

 ―最近、クラウスの様子がおかしい。


 インクの匂いが漂う書斎を出て、居間に向かう。扉を開けると、案の定誰もいなかった。

 テ-ブルの上に目をやると、そこには書き置きが一枚。散歩に行ってくる、と流麗な字で一言だけ書かれていた。

「……」

 それがなんとなくそっけなく思えて、ため息をつく。昔はもう少し、何か書いてあった気がする。そう、もう一言くらいは。

(……いや、そうでもなかったか?)

 ここ数年の書き置きの内容を思い起こして、首を傾げる。……もしかしたら、たいして変わりはないかもしれない。

(でも、何か違和感がある。それは間違いない……)

 クラウスと暮らし始めて三年が経つ。その中で変化しないわけがないと言われれば、そうなのだけれど。

 例えば、と、書き置きに目を落とす。こんなふうに、散歩に出かけることが増えた。家を出る時も、声をかけられることが減った—いや、最近は全くない。

 思えば、会話自体も減っている。帰ってきたと思うと自室にこもり、本を読んでいることが多くなった。食事と睡眠のためだけに家に帰ってきているんじゃないかと疑いたくなることすらある。正直、かなり堪えた。

 それに、ときどき荷物を持って帰ってくることがある。中身は見ないでくれと言い含められたが、何が入っているのか教えてもくれない。仕方がないので物置に置いているのだが、気がついたら増えているのが奇妙だった。

(家の掃除も頻繁にするようになったし、初めて見る料理が増えた)

 ひとつひとつは些細なことだが、こうも積み重なると、さすがにエヴァンも気づく。

 ―クラウスが、エヴァンに隠れて何かをやっている、ということに。



「今度、オルカンドに行くことになった」

 ス-プを口に運んでいたクラウスが、突然そんなことを言い出して、エヴァンはパンをちぎっていた手を止めた。

「オルカンドって……」

 確か、北の沿岸部にある港湾都市だったはずだ。ウィ-トンズを含めた西側の諸国との交易の要衝で、まだ新しい都市だが発展が著しいと聞く。

「モートンがそこに支部を構えたいと言い出したんだ。今回はその偵察といったところだな。……たぶん、二カ月ほど帰ってこれない」

「そんなに?」

 ここ一年ほど、クラウスは出張続きで、ほとんど一緒にいられなかった。それなのに、今度は二カ月も家を空けるのか。

 思わず咎めるような声になってしまい、はっと俯く。こういうことが増えてくるのは、わかっていたことだ。クラウスを責めても仕方がない。

「……ごめん、嫌な言い方をした。それで、いつ行くの?」

「それが……」

 気を取り直して聞いてみると、クラウスは気まずそうに視線をさまよわせ、三日後なんだ、と眉を下げた。今度こそ言葉を失くしたエヴァンに、クラウスが目を伏せる。

「すまない。その代わりに……いや、なんでもない。この出張が終われば、だいぶ落ち着くはずだ。そうしたら、一年くらいはこっちでのんびり過ごせる」

 何か言いかけたクラウスが頭を振って、柔らかく微笑む。取り繕うようなその笑みには違和感を覚えたが、それよりも一番最後の言葉のほうが重要だった。

「本当に?」

 ぱっと顔を輝かせたエヴァンに、クラウスが顔をほころばせる。

「もちろん。……そうだ、お土産は何がいい?」

「お土産?」

「ああ。昔と違って、あまり高いものは買えないが……あそこはウィ-トンズで人気だった品も多く輸入されているんだ。何か欲しいものがあれば、探してみるよ」

 珍しい、とエヴァンは目を瞬いた。クラウスがお土産を買ってくることは今までにも何度かあったけれど、事前に欲しいものを聞いてきたのは初めてだ。

「そうだな……考えておくよ」

 懐かしい故郷のあれこれを思い出しながら、エヴァンは言葉を返す。

 そんな彼の様子に、クラウスがほっとしたように小さく息を吐く。そんなクラウスに、エヴァンが気づくことはなかった。


 それからあっという間に二日が過ぎて、クラウスの出立の日がやってきた。

 上品な灰色のコ-トに身を包んだ彼は、口元を持ち上げてエヴァンを見やった。その目元に、隠しきれないきらめきが宿っていて、エヴァンは唇を歪める。

「……これから二カ月も離れ離れになるっていうのに、なんで君はそう浮かれていられるんだ?」

「確かに君と離れるのは寂しいが、この出張が終われば君と一緒にいられるからな」

 それが楽しみでたまらないんだ、と笑ったクラウスに、エヴァンも目元を和ませる。恋人の身体を抱き寄せて、耳元に唇を寄せると、ふわりと嗅ぎなれない匂いが漂った。

「……あれ、クラウス。香水変えた?」

「ああ。取引先に、今まで使っていた香水が苦手だという人がいて」

「そっか。……それなら、仕方ないね」

 彼が身にまとっていた、あの柑橘系の爽やかな香りを、エヴァンは気に入っていたのだが。

「行ってらっしゃい。無事に帰ってきてくれよ」

「ああ、必ず。ところで、本当にお土産はいらないのか?」

「君が帰ってきてくれたら、それで十分だ。ただし、いなかった時間の埋め合わせはしてくれよ、絶対に」

「わかった。それじゃあ、行ってきます」

 きつく抱擁を交わして、ゆっくりと離れる。名残惜しさをこらえて、恋人の姿が扉の向こうに消えるのを、エヴァンはずっと見守っていた。



 クラウスのいない日々に慣れはするけれど、それでもやはり寂しいと思ってしまうのは、エヴァンの甘えだろうか。

 穏やかではあるが、張り合いのない日常にもなんとか耐えて、クラウスが帰ってくるまで残すところあと半月ほどとなった頃のことだった。

 クラウスのからの手紙で、洗濯に出したコ-トやシャツを引き取りに行ってほしいと頼まれ、エヴァンは洗濯屋を訪れていた。

 家庭ではなかなか洗えない、傷みやすい生地の服を有料で洗ってくれる洗濯屋に、クラウスはよく自身の衣類の洗濯を依頼していた。引き取りはクラウスだけでなくエヴァンがすることもよくあり、洗濯屋の主人とはすっかり顔なじみになっている。

 そんな主人から、クラウスが衣類を入れていた袋に入っていたという白い箱を見せられて、エヴァンは首を傾げた。装飾のないその箱は手のひら大の大きさで、振ってみるとかたかたと音がする。

「……?なんだこれ」

「さあ……私も中身までは」

 主人の言葉を聞きながら、かぱりと蓋を開けて、絶句する。

 箱の中身は、柄のない木製の櫛だった。ふわりと木のいい匂いが漂うことから、新品だとわかる。


 問題は、目の細かさと、彫られている花の模様から、女物だと推測されることだった。


 ―いったい、何のつもりでクラウスはこんなものを。

 とりあえずクラウスの服を引き取って帰ってきたものの、それ以上何かする気が全く起きなくて、ぼうっとソファに座ってそんなことを考え続けた。

 クラウスの周りで櫛の贈り物をするような女性はいないし、そういった話を聞いたこともない。となると、考えたくないが―。

「浮気……?」

 呟いた瞬間、ずんと腹の底が重くなる。

 確かに、最近のクラウスの行動は、そう考えると納得がいく。いってしまう。

 エヴァンに声をかけずに外出してしまうこと。やけに多い出張。掃除の頻度が増えたこと。体を洗う石鹸が変わっていたこと。新しい料理の数々。持ち込まれる不審な荷物は分からないが、もしかしたらそれも関係があるのかもしれない。極めつけに、女物の櫛。

(だけど、あのクリスが?)

 結婚してエヴァンと別れるくらいならと、自分の持っているもの全てを捨てて、エヴァンを故郷から連れ出した彼が、たった三年で心変わりなどするものだろうか。

 クラウスが出立したときの、輝くような笑顔を思い出す。あの顔は、エヴァンと一緒に過ごせるのが楽しみだと告げたときの弾んだ声音は、全てまやかしだったのか?

「……そんなはず、ないよな……?」

 虚空に消えた声は、自分でも驚くほど、弱弱しかった。




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