求婚
微妙に短いため、後書きにssをのせました。
舞踏会の後のお話となっています。ジェイソン視点です。
「エヴァン……?」
返事をしないエヴァンに、クリストハルトが訝しげに恋人の顔を覗き込む。
「……言いたいことは、それだけか」
きり、と食いしばった歯の間から、唸るようにエヴァンは言った。
「……え?」
「言いたいことはそれだけか、って言ってるんだ」
先程より強い口調で問いただしたエヴァンにクリストハルトは小さく息を呑んで、それからふわりと目元を緩める。エヴァンの眉をなぞっていた指がするりと頬の線を辿り、離れた。
「……ああ。そうだな、言いたいことは、これで全部だ」
淡い青の瞳が、諦念と寂寥の色を帯びて、柔らかくエヴァンを見下ろす。全て分かっているとでも言いたげな、慈愛をはらんだ眼差しだった。
それが悔しくて苛立たしくて、エヴァンは目を吊り上げてクリストハルトの胸ぐらを掴み上げた。
「……っ、この意気地なしが!なんでそうやって全部一人で完結するんだよ!」
「っ」
呆然と見開かれた瞳に、怒った顔をしてもなお迫力のない自分の顔が映り込む。
「僕が頼りないからか!?君が……っ、君がそんなことを考えていたなんて、僕は全然知らなかった!縁談が来ていたことも、君が死んでから……いなくなってから聞いたんだ。その上、迎えに来たくせに、僕が来ないものだと決めつけてるだろう!せめて一緒に来てくださいくらい言えないのか、腑抜け!甲斐性なし!ノ-ランドの人間はそういうのが一番嫌いなんだぞ!」
ひとしきり怒鳴って、エヴァンはずるずると床に座り込んだ。襟を掴まれたままのクリストハルトもそれに引きずられて、屈みこむ姿勢になる。
「それは……だが、俺と一緒に来たら、君に苦労をさせてしまう。俺が家を構えたところは、男性同士の恋愛にも比較的寛容なところだが……それでも、やはり好奇の目を向けられてしまうし、嫌なことを言われることもあるだろう。ご家族にも何も言わずにここを去ることになるし、アイリスやジェイソンとももう会えないかもしれない」
クリストハルトの頬に右の拳を叩きこみたくなる衝動をなんとか抑えて、鋭く息を吸いこむ。ここまで言ってもまだ、わからないのか。
「ああもう、だったら今すぐ帰れよ!迎えに来たくせに、連れて帰る度胸もないならそうすればいいさ。僕は一生誰とも結婚しないし、恋人もつくらないで、一人寂しく死んでいくから!」
怒りに任せて叫んだ言葉はクリストハルトには効果覿面だったようで、彼はぎょっとしたように顔を強張らせた。
「何を言っているんだ!あんなに昔、素敵なお嫁さんをもらって、可愛い子どもをつくって暮らすんだって言っていただろう」
「いいよ、そんなのはもういいんだよ!素敵なお嫁さんはいなくても、君がいれば十分だ。どうしても子どもが欲しくなったら、養子をもらえばいいだろ。だから、だから……」
言っているうちにぼろぼろと涙があふれ出してきて、エヴァンはしゃくりあげながらクリストハルトの胸元を握りしめて訴えた。
「頼むから、責任取ってくれよ!素敵なお嫁さんなんかどうでも良くなっちゃったんだから、君が代わりになってくれなきゃ困るんだ。じゃないと、僕は死ぬまで一人ぼっちだ。そうなったら、君のせいなんだからな!」
「……君を一人ぼっちにするわけには、いかないな」
ややあって、温かな指が、少しだけ強めにエヴァンの目元を拭う。
「悪かった。君に振られるのが怖くて、臆病になりすぎていたようだ。……素敵なお嫁さんの代わりになれるかはともかく……できるだけ、頑張るが」
「前置きが長い」
ぐずぐずと鼻をすすりながら言うと、クリストハルトは少しだけ目を瞠る。
「……ああ」
一拍の間を置いて、クリストハルトの顔に浮かんだ照れ臭そうなその笑顔を、エヴァンは生涯、忘れることはないだろう。
「エヴァン、愛してる。……どうか、俺に、攫われてくれないか」
顔を覆って泣きじゃくる妹に、ジェイソンはそっとハンカチを差し出す。
「……ありがとう、お兄さま」
涙に濡れた声で礼を言って、また泣き出したアイリスの頭を、ゆっくりと撫でる。いつもは子どもみたいで嫌だとか、髪がくしゃくしゃになるから嫌だとか、あれこれ文句を言って逃げるアイリスは、大人しくされるがままになっていた。
無理もない。クリストハルトの死が偽装だったと分かっただけでも衝撃なのに、その理由がエヴァンと結ばれるためだったなんて、いろんな意味で酷すぎる。女心なんてとんと理解できないジェイソンですら、アイリスの恋心や、彼女がクリストハルトに抱いていた尊敬の気持ちなんかが、音を立てて砕け散ったのがよく分かった。
「……アイリス、お前、よく頑張ったよ」
そんな状況でも、自分のために怒ったりはしないこの妹が、誇らしいと思う。馬車に乗り込むまで、決して泣かなかったところも。馬車の扉が閉まるなり、堰を切ったように涙を溢れさせたアイリスが哀れで、一言、こう訊ねた。
「……なあ。やっぱり、もう一発殴っておくか?」
「……いいの。あの平手打ちで、許すことにしたんだもの」
くぐもった声ととともに、首を振ったアイリスは、自分の妹とは思えないくらいいい子だった。
「俺は、足りないけどな。エヴァンに振られるくらいに顔を腫れさせてやるべきだ」
「……エヴァンにいさまは、そんなことじゃ振らないと思いますわ」
くすっと笑ったアイリスは、ジェイソンの言葉を冗談だと思ったのだろう。いつもの言葉遣いで呟いて、涙をハンカチで拭う。もう、貴族としてのアイリスに戻る合図だ。
(……本気なんだけどな)
今回ばかりは、全面的にアイリスの味方をするつもりだった。
アイリスに頼めばなんでも協力してくれると思っているところも、アイリスの気持ちに気づいているくせに平気な顔でエヴァンしかいらないとかのたまったことも、本当に気に食わない。たぶん、それを本気で悪いと思っていないところも。殴ったところで、気づきもしないんだろう。そういうところは、昔から全然変わらなかった。貴族らしい高慢さと、鈍感さ。悪いとは言わないが、普段善良に見せかけているぶん、余計に鼻につく。
だから、アイリスがクリストハルトにエヴァンを会わせたくないと言えば、ジェイソンはそれに協力するつもりだし、クリストハルトが生きていたことを社交界に喧伝することも、脅しつけてアイリスの恋人に無理矢理させることも反対しないし、頼まれれば手伝おう。それくらいされたって、文句は言えないはずだ。
(それでもアイリスは、そんなこと思いつきもしないんだよな……)
そこがいいところで、身内としてはやきもきするところだ。特に、こういうときは。
小さく嘆息して、ジェイソンはもう一度、妹の頭を撫でたのだった。




