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愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<IFル-ト>
43/56

舞踏会(2)-sideアイリス-

前回、アイリスが従兄と来たと書いていましたが、兄の間違いです。混乱させてしまって、ごめんなさい。(修正済みです)


短いため、後書きにssをのせました。

クリストハルトとエヴァンの、幼い頃のお話です。クリストハルト視点です。

 柱の影がゆらりと揺れて、薄暗い場所をさらに陰気に見せている。中央が昼のように明るいぶん、余計に不気味だった。

「このあたりはね、幽霊が出るんですよ」

 なんてことない調子で、ラッセルが嘯く。

「怖いことをおっしゃらないで。それより、石を見せてくださらない?」

 アイリスはもう、戻りたい気分になっていた。暗闇は大の苦手なのだ。

 特に、幽霊やお化けは本当に怖くてたまらない。小さい頃はよくジェイソンに怖い話を聞かされて、散々泣かされたものだ。やっぱりついて来なければ良かった、とアイリスは数分前の自分を恨んだ。

「まあまあ、続きを聞いてください。その幽霊はね、恋に溺れて何もかもを投げ出した、愚かな男なのですよ。望まない縁談が迫っていてね、愛する人と結ばれたいばかりに死を選んだその顛末を、貴女ならどう評します?」

「どうしてそんなことをわたくしに?」

 首を傾げたとき、こつりと小さな音がした。


「ご令嬢をこんな場所に長々と引き留めるなんて、紳士としてなっていないんじゃないか」


 弦楽器のように豊かな低い声が、柔らかく鼓膜を震わせた。


 こつん、ともう一度靴が床を踏む音がして、薄明りの中に人影が浮かび上がる。品の良さを感じさせる、美しいたたずまいだった。

 暗くて表情はよく分からない。けれど、ぼんやりとした照明の光の中で、形のいい唇が動くのが、ひどく艶めいて見えた。


(誰……?)


 声は若いようだけれど、雰囲気はどこか老成している。

 目を凝らすアイリスに、男が愉しそうに唇の端を上げるのが見えた。


「おい、なんでもう出てくるんだよ。せっかく面白い意見が聞けそうだったのに」

「阻止するに決まってるだろう。暗がりに隠れて自分への評価を聞く趣味はないものでね」

「分かってるじゃないか、『幽霊』。……それにしても地獄耳め」

「あんな大声で話されたら、その気がなくても聞こえるさ。……と、こんな話をしている場合じゃないな」


 くすりと吐息が聞こえて、男がこちらを見たのだと理解する。

 笑みの形に弧を描いたその瞳が青いことが、どうしてか直感的に分かってしまった。


 それは発音の癖かもしれないし、言葉の選び方かもしれないし、あるいは挙措だったのかもしれない。


 けれど、確かに一年前に喪ったそのひとだと、確信したのだ。


「クリス、にいさま」


 ふらふらと近寄って、彼の頬に手を当てる。

 冷えた指には熱いとさえ感じられる肌の温度と、嗅ぎなれない香水の香り。

 檸檬のような、爽やかで甘い匂いに、ぶわりと感情が決壊した。


「クリスにいさま!馬鹿!どうして、どうして!」

「アイリス!?」

「ちょっ……大声出すな!くそっ、とりあえずここを出るぞ!」

「わかった。とりあえず君は、ジェイソンを連れてきてくれ」

「仕方ないな……」


 そんな会話を聞きながら、手を引かれて、泣きながら広間を出る。

(夢ならどうか、覚めないで)

 安堵と喜びに咽びながら、心の隅でそんなことを思う。

 熱くて大きな手をしっかりと握りながら、アイリスはまた涙を溢れさせた。


「クリストハルト、君には将来の夢ってある?」

「将来の夢?」

 エヴァンの言葉に、クリストハルトは眉を上げた。

「うん。大人になったらこうしたい、とか、こんな人になりたい、とか」

 ジェイソンは冒険がしたいんだって、とエヴァンが言う。よく冒険記を読んでいるジェイソンらしい夢だな、と思いつつ、クリストハルトは考えるふりをして視線を巡らせた。どうせ父の跡を継ぐのだ、それ以外の道を考えても仕方がないし、やりたいことも特にない。強いて言うなら、家名に泥を塗る生き方をしないこと、くらいか。

 しかしそれをいちいち説明するのも面倒だったので、いささか投げやりに返す。

「あまり考えたことがない。君は?」

「僕?そうだなあ……父上みたいな格好いい騎士になりたいな。それで、可愛い奥さんをもらって、大きい犬を飼うんだ。子どもは三人くらいは欲しいなあ。人数にこだわりはないけど、男の子と女の子の両方がいたらいいよね」

 やけに内容が具体的だ。彼の姉たちの影響だろうか。

「そうか。叶うといいな」

 気のない返事にも、エヴァンは目を輝かせて頷いた。その表情が眩しくて、クリストハルトは知らず、目を細める。

 親の跡目を継がなくていいから、あれこれと将来のことについて思いを馳せることができるのだろうか、と少しだけその自由を羨ましく思っている自分に気づいて、どきりとした。

(……馬鹿なことを。親の跡を継げないということは、将来仕事を手に入れるために、苦労しないといけないということだ。そんな人生を羨んで、どうする)

 ままごとの相手役をねだりにきたアイリスに、エヴァンの注意が向いたのをいいことに、本を開く。文字を追っていると、雑念が消えていい-そんなことを思ったとき、ぎゅっとアイリスがエヴァンにしがみつくのが見えた。

「じゃあ、わたしがエヴァンにいさまのおよめさんになる!」

 その言葉に、心臓が小さく跳ねる。無邪気に笑いあう彼らから目を逸らしたクリストハルトは、ちり、と胸の底を焦がした感情の正体に、まだ気づいてはいなかった。


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